雫に溺れて甘く香る
ポカンとした私に、その男性はにこやかに立ち上がった。

「覚えてない? 中学で一緒のクラスだった樽川」

樽川……? そんなクラスメイトがいたのは、何となく覚えているけど。

見上げるくらいに高い身長。お洒落にカットされた茶色の髪。
カーキ色のボトムに、赤い色の長袖のTシャツを重ね着した姿。

どこかチャラくて記憶の中の樽川くんと、全く一致しない。


「樽川君? 野球部の?」

「そうそう! やっぱり悠紀ちゃんだよね?」

そう笑ったら、八重歯が見えて……記憶の中の彼と一致した。


樽川雅人くん。

当時は丸刈りで、日に焼けて、どこからどう見ても健康優良って感じで笑顔がカワイイ男子だった。

「買い物?」

カートを見る樽川くんに、何となく頷く。

「う、うん。樽川くんは? この近所なの?」

「ん~……友達の家に遊びに行くついで。飲み物頼まれた」

ビールが入っているらしいビニール袋を掲げて、ますます微笑む樽川くん。

笑顔の八重歯は相変わらずで、何となく懐かしい。

「それにしても偶然~。悠紀ちゃん近所なんだ?」

「あ~……うん。出来るだけ会社の近くで捜したから」

と言っても、会社からは駅5つ程だけど。

そう言うと、樽川くんはクスッと小さく笑う。

「合理的な所は変わらないね。悠紀ちゃん、昔から理屈魔だったから」

「…………」

それはどうだろうか?

何となく褒められた様な、けなされた様な。
< 109 / 180 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop