雫に溺れて甘く香る
そんなことを言っているうちに他のお客様たちも帰っていき、有線のBGMが消されると、いつもと違った空間が広がる。

厨房の後片付けを終わった中野さんが缶コーラ片手に出てきて……。

「へとへとだよー」

なんて言いながら、カウンターの中で笑っていた。

そのカウンターにもたれながら篠原さんが伝票整理を始め、テキパキと続木さんがお店の掃除をし始める。


……何度か見ているけど、やっぱり雰囲気が変わるんだよね。
皆いるのに、何て言うか寂しい感じになって不思議。

しみじみ考えていたら、篠原さんが首を傾げて私を見ていた。

「あ。そういえばごめん。篠原さん、お会計」

「ああ。いいよ。続木が勝手に支払ってたから」

「え。何それ」

振り返ると、続木さんもちょうど私の方を見るから目が合った。


「悠紀が払うと、何か変な気分になるだろ」

「どんな気分になるのか説明しなさいよ」

無言で見つめ合うと、背後で中野さんが吹き出す。

「つづきん。相変わらず言葉に不自由してるねぇ~」

「続木も中野には言われたくないだろ」

篠原さんが淡々と呟き、伝票をまとめている。

「ええ? しのっちひでぇ! 俺、言葉には不自由しないって。よくしゃべるし、女の子ウケもいいよ?」

「お前は知能に不自由してるし、仕方なく笑ってくれてるの間違いだろ?」

背後で中野さんと篠原さんが冷静に言い争いを始めたけど、無視して続木さんを眺めていたら、彼はほうきを手の中で持ち変えながら視線をそらしていく。


「篠原の気持ちがわかるな」

「いきなり何の話よ」

「無言の圧力には、どう答えればいいんだ?」

知らないよ、そんなもの!
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