偽りの姫は安らかな眠りを所望する
ティアは混乱する思考を必死でまとめ上げて、どうにかひとつの答えを導き出す。

「あの。こちらのお館には、姫様のご兄弟もいらしてるのでしょうか」

フィリスの長い睫毛が、驚いたように数回上下に動いてから、菫色の瞳に濃い影を作った。

「わたくしには、腹違いの弟妹が王都に幾人もいますが――」

本を脚高の小さな丸机の上に置くと、薔薇色に薄らと色付く唇の両端がゆっくりを上げる。
それに反比例するように、室内の温度が下がった気がした。

「誰ひとりとして、一度もこの館を訪れたことはありません」

「……そう、でしたか。ご無礼を、申し上げました」

王女の感情がすっかり抜け落ちた声に、ティアは絞り出した声で非礼を詫びるのがやっと。
深く下げた頭を上げることなど、とてもできなかった。

「この湖には、悪戯好きの精霊がいるという言い伝えを聞いたことがあります。そなたが見かけたのは、その者かもしれませんね」

お伽噺じみたことを語るには、王女の口調はあまりにも淡々としていて説得力に欠ける。

姫はいま、精霊と言ったのだろうか。精霊があれほどに生身の人と変わらないものだとは知らなかった。髪にはまだ、彼の唇が触れた熱が残っているようにさえ思える。

下げたままで血が上ってきたのか、ティアはぼうっとし始めた頭で思案をめぐらす。
たしかにこの世のものとは思えない美しさだったが、それならこの姫君とて同じことがいえるのではないか。
わからぬことばかりで悩む中、ふとさらなる疑問が増える。自分はいま、湖で誰かに会ったと口にしただろうか。

グルグルとまとまらない考えに搦め捕られ、深みにはまっていくティアの耳に、ふんっと嘲るような小さな笑いが届いた気がした。
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