イジワル御曹司と花嫁契約
「彰貴様のことを宜しくお願い致します」


 突然運転手は恭しい口調で述べた。


「いや、えと……」


 婚約者っていうのは嘘なので返答に困ってしまった。


でも、ここで否定するのはいかんだろうと思って、言葉を合わせる。


「あの、はい、こちらこそ宜しくお願い致します」


 こんなに彰貴を思ってくれている人に嘘をつくのは申し訳なくて心が痛んだ。


 私は彰貴を支えられないし、ずっと一緒にもいれない。


彰貴が笑ったことがないというのが事実なら、私は彰貴の側にいて彼をずっと笑わせてあげたいと思うけど、それも身分不相応な願いだ。


 彰貴の心の闇を思わぬ形で知ってしまった。


きっと彰貴は私が想像する以上に大きなものを背負っているのかもしれない。


 くすぐりに堪えるあの無邪気な笑顔と、豪華客船で見た冷徹な無表情の彰貴の顔を思い出し、胸が痛んだ。


本来の彰貴はあんなにかわいく笑えるのに。


それを許してもらえない環境にいたのだとしたら……。


それはとても不幸で残酷な境遇だと思った。


私は、いつもお母さんと笑って過ごしていたから。


彰貴も笑って過ごしてほしい。


 私の前でなら気兼ねなく笑えるのなら、私といる時は安心して過ごせるように居心地のいい空間を作ってあげたい。


例え、それが束の間の時間で、そう長くはいられないとしても……。
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