恋は人を変えるという(短編集)
静かに消えゆく恋心


 好きな人がいる。

 わたしが勤めている楽器屋の店長で、年は四つ上。無口で無表情で何を考えているのかよく分からないような人だけど、仕事は早いしフォローも上手いし頼りになる人だ。仕事以外の会話はほとんどしたことがなかったけれど、ある日の休憩中、そんなに広くない休憩室でアコースティックギターを弾いているのを見て、上手ですね、と声をかけた。店長――吉野さんはちらっとわたしを見上げ、昔バンドやってた、とだけ答えてくれた。優しい声だった。優しい音色でもあった。無口で無表情のこの人が、こんなに優しい声を出すなんて。こんなに優しい音色を奏でるなんで。

 気付けば恋に落ちていた。


 吉野さんは絶対に彼女はいないと思う。休憩中も仕事終わりもケータイなんていじらないし、希望休もとっていないみたいだし、カレンダーを気にする様子もない。それでももし彼女がいるのだとすれば、相当な放任主義者だろう。そしてこの無口と無表情をものともしない女なんて。相当な鈍感女かしっかり者か。

 総合すると彼女はいないという結論で妥当だと思う。千円賭けてもいい。お財布の中でずっと眠っている二千円札を賭けてもいい。

 そう、思っていたのに……。




< 15 / 51 >

この作品をシェア

pagetop