恋は人を変えるという(短編集)
恋は人を変えるという



 わたしの恋はいつも叶わない。小学一年生で初恋をしたときからそうだった。二度目の恋も、三度目の恋も……。仲良くはなれるけれどその先がない。友だち止まり。

 気付けば二十五年間恋人なし。十代の頃モテなかった理由は分かっている。わたしの素顔が原因だ。

 重たい一重まぶたと薄くて短い睫毛、ハの字の眉毛にそばかす。どうしてこんな顔に生まれてしまったのだろうと悩んだりもしたけれど、高校を卒業して化粧をするようになってからは、この魔法にすっかり魅せられた。化粧をすれば二重まぶたにできるし、睫毛も長くできる。眉だって綺麗な形に書けるし、そばかすもファンデーションで隠せる。毎日化粧に一時間以上かけて完璧な顔を作っているし、仕事もアパレル販売をしているから流行のファッションだっておさえている。それなのに、どうして恋人ができないのだろう。

 失恋する度に慰めてくれていた二つ年上のお兄ちゃんも、通勤時間短縮のためとか言って家を出てしまって、以来あまりかまってくれなくなった。

 元々アクティブな性格ではないとはいえ、妹からのメールや電話をことごとく無視するのはいかがなものか。そんなんじゃいつまで経ってもお嫁さんなんてもらえないな。はっ、ざまみろバカ兄貴。

 一方その頃、いつまで経っても旦那を見つけられなそうな妹は、絶賛片想い中。前回の失恋のあと、お店の先輩真希さんが連れて行ってくれたバーのバーテンダー。切れ長の目に長い睫毛、鼻筋も通っていて優しい笑顔を浮かべるイケメン。背も高いし話も上手いし慰め上手。

 こんな人に惹かれないわけがない。失恋の辛さは一瞬で忘れ、彼のことで頭がいっぱいになった。毎日彼のことばかり考えてしまって、四六時中どきどきそわそわして仕事が手につかない。だから時間を見つけてはバーに通うようになった。

 三度目で名前を、五度目で誕生日を、七度目でようやく恋人の有無を聞き出した。
 瀬戸遼太さん、六月十五日生まれの二十八歳。昼夜逆転生活のせいで恋人はいないらしい。なかなか出会いもなく、好きな相手もいないとのこと。

 来た。ついに来た。好みの顔の男性がフリーだなんて。こんなチャンスは滅多にない。ようやく恋が成就しそうで、ますます胸が高鳴った。

「遼太さん」

「え?」

「って呼んでもいいですか?」

 そう切り出したのは、十回目に会った日のこと。彼はきょとんとしてわたしを見たあと、にっこり笑って頷いた。

「いいよ。好きなように呼んで」

「じゃあわたしのことも名前で呼んでくださいよ」

「小雪ちゃんって?」

「憶えていてくれたんですね」

「そりゃあ常連さんだしね」

 嬉しい。嬉しい。嬉しい。名前を憶えていてくれたことも、お願いしたらあっさり呼んでくれたことも。彼の口から、わたしの名前が出たことも。こんなに嬉しい恋は初めてで、もう告白してしまっても良いんじゃないかという気分になってしまった。

 でもまだ早い。告白の日は決めてある。女の子が自分の気持ちを伝える日、バレンタインデー。二月十四日まであと少し。それまでにもっと可愛くならなければ。




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