確かに君は此処に居た
7.日常と非日常
マンションに着いた時には、すでに日は沈んでいた。廊下には各家庭の灯火が漏れ、コンクリートの床と闇を照らしている。 それは伽夜の部屋も例外ではなかった。

「ただいまー」

帰ってくると、カレーの良い香りが擽ってきた。

(…草履?)

明の目に、玄関口の隅に置いてある草履が目に止まる。行く前はなかったはずだ。

「誰かいるの?」
「多分、家政婦の充さん」

そのまま廊下を真っ直ぐ行き、リビングに入ると匂いはさらに強くなる。

「お帰りなさい。今日はビーフカレーですよ」

キッチンに立つのは、40才くらいの女性。
着物に割烹着姿はどこか、上品だ。

「ただいま。ビーフカレーって久しぶりですね」
「ええ、黒毛和牛がお安くて…それはどうしたんですの?」

じっと視線を膝のガーゼに注がれる。

「学校に行っていたんです。けど、ちょっと途中で事故に…」
「まあ!事故!?伽夜さん、今から病院へ参りましょう。今日は土曜ですから、救急ですわね」

充は、掛けていた鍋のコンロ火を止める。

「いいですよ!ぶつかったのはクラスメイトだったし、それに手当もしてくれましたから」
「本当に大丈夫ですの?痛い所は無くて?」
「大丈夫です。充さんは心配性なんだから。じゃあ私、手洗ってきますね」
「ええ、行ってらっしゃい」


リビングから廊下へと出ると、明が話し掛けてきた。

「…なんか上品な人だね」
「充さんは舞踏、茶道、華道、香道…えっと…あと他は忘れたけど出来る人なんだよ」
「うわあ、それだけやれば上品にもなるね」
「でしょ?」

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