あなたを守りたい
事件
 それから1週間が過ぎた。
 その後千春さんはいつも通りの優しい笑顔を見せてくれた。
 僕は仕事にも慣れ、失恋からも立ち直った。
 ・・・そのつもりだった。
 だけど、社内で彼女を見かけると、どうしても目で追ってしまいハッとなる。
 
 昨日からひとりで得意先を回っている僕は、金子さんよりも早く社に戻った。
 日報も書いたし、今日は早く帰ろうか。

「あら? 金子くんはまだ?」
「はい」
「黒沢くんは? もう日報書いたの?」
「はい。今日はもう帰ろうかと」
「黒沢くんって電車?」
「いえ、バスです」
「そう。それじゃバス停まで一緒に帰らない?」
「はい」

 思いがけない接近だった。
 だけど、彼女は僕の事なんか何とも思ってはいない。
 単なる後輩。
 そして僕も、良い先輩として接しないといけないんだ。

 バス停までは5分。
 僕は千春さんの横に並んで歩く。

「黒沢くんの家ってどこなの?」
「糸田町です」
「えっ? 何丁目?」
「5丁目ですが・・・」
「うち、近いかも」
「えっ? そうなんですか?」
「乗るバスは20番でしょ? そして、降りるのは糸田3丁目」
「そうです」
「私もそこで降りるのよ」
「本当ですか?」

 知らなかった。
 リアルにびっくり。
 こんな偶然があろうとは。
 詳しく聞くと、バスを降りて大通りからいくつか入り込んだ路地に面した場所らしい。
 通った事はないが、そこからでも帰れる。
 ただし、そこまで行く手前の坂が結構急で、僕はいつも大通りに沿って帰っていた。

「行きも帰りも時間帯が違うから気づかなかったのね」
「そうですね」

 バス停に着いてすぐに20番のバスがやって来た。
 営業所に近いこのバス停からは、いつも座って帰る事が出来る。
 朝はそういうわけにもいかなかったが。
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