恋凪らせん
「可愛かったなあって気になって、湯川を目で追うようになるといろいろ気づくわけ。人によく頼まれごとしてるなあとか、にこにこして引き受けてるけど、本音は違うんだろうとか。で、ちょっとモヤモヤするんだよ。自分だけ我慢してれば丸く収まるとかさ、本心から思ってることじゃないくせにって」
ずいぶん踏み込んでくるじゃない。いろいろ気づいたんなら、わたしが人に対して壁をつくってるのもわかるでしょう?
あなたに対しても高い壁をつくりたくてうずうずしてるんですけど。
「誰彼かまわず本音話せなんて言ってるわけじゃない。でもさ、我慢ばっかりじゃ辛いだろ。ひとりくらい、愚痴吐けるやつがいてもいいと思うけどな。たとえば、オレなんかどう?」
もうひとしきり聞いちゃってるしと笑う中杉くんにわたしは身を乗り出した。
「本音なんてトラブルの元でしょ? 社会の中で我を通すのがいいことなんて思えない。うなずいて我慢するだけで衝突を回避できるなら安いものじゃない」
「じゃあ、オレが“ヤらせろ”っつったらそうすんの? 断って、同僚であるオレと気まずくなるくらいならって黙って受け入れんの?」
「はあ? 極論でしょそんなの。聞いてられない、バカじゃないの?」
テーブルに乗り出していた体を起こし、そっぽを向くと中杉くんがおかしそうに肩を揺らした。
「ずいぶん崩れてきたな。どうだ? こういう会話、楽だろ?」
思わず黙る。沈黙が肯定になっていることが悔しいけど、もう修正する気力もない。なんなんだろうこの人。
わたしは面倒なことは嫌いなのだ。フロアでべたべたと仲のいい友人をつくるのも、ましてや職場恋愛なんてぞっとする。人間関係のトラブルなんてもってのほか。自分を押し殺して安寧が得られるなら、喜んでそうする。
近づかないで、踏み込んでこないで。
でも、ほんの少しだけ嬉しいのは、どこか浮かれそうになるのはどうしてだろう。