恋凪らせん



台の上にカゴを置くと、いつものバイトの女がちらりと視線を動かした。あたしの手元と隣の男を確認するのがわかった。あたしの顔は見ないけれど、たぶん財布で憶えてる。彼を見て「また違う男だ」くらいには思っているだろう。

べつに誰にどう思われたって構わない。俯き加減でレジ打ちする女の様子を、あたしのほうはまじまじと見てやった。
まじめそう………というか、なにに於いてもガードが固そうだ。友だちとして遊ぶにも、恋人にするにもなんだかつまらなそうな女だ。
でも、誰かを好きになったら頑ななくらい一途そうに見える。少し羨ましいと思ってしまった自分が悔しくて、あたしは告げられた金額を叩きつけるようにレジ台に置いた。

袋に入れられたビールとゴムを掴み、堀田くんの手を引いてあたしはコンビニを出た。いつものように中身の見えない紙袋に収まったゴムの箱がやけに鬱陶しく感じる。
ホテルに向けかけた足がたたらを踏んだ。驚いて堀田くんを見ると、ひどく怖い顔をしている。彼が腕を引き、足を止めたらしい。

「オレは珠莉の話を聞きに来た。おまえが、聞いてほしい話があるって言ったからだ」
「ただの口実に使っただけでしょ。察してよ」
「口実とは思えなかった。すごく淋しそうに見えたからオレは来たんだ。自分を大事にしろよ。オレでよければいくらでも話聞くから」

『自分を大事にしろよ』『自分を大事にして』

堀田くんと結子の声が重なった。どうしてこんなあたしに優しい言葉をくれるんだろう。

「珠莉、大丈夫か?」
「なにが?」
「なにがって……泣いてるぞ?」

言われて頬に手をあてた。指先を濡らした涙に動揺する。

「ばかだなあ、おまえ」

堀田くんがあたしの頭を撫でた。小さい子にするみたいに何度も撫でてくれる。
それがとてもあったかくて体の力が抜けた。

話……あたしのバカな話ばっかりだけど、堀田くんは聞いてくれるだろうか。
化粧が崩れるのも構わず、あたしは手のひらで涙を拭った。結子が「がんばれ」と手を振る様子が頭に浮かぶ。
困ったように頭を撫で続けてくれている堀田くんにあたしは「あのね」と顔を上げた。

「話、聞いてくれる? 長くて、呆れちゃうようなバカな話だけど」

微笑んでうなずく堀田くんの手を引き、あたしはホテルに背を向けて一歩踏み出した。





―― 了 ――



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