よるのむこうに


「違うッ!あんたはやりたくないのかって聞いてるの!!」
「……べつに。眠い」
「……」

天馬はそう言い捨てていびきをかき始めた。容姿は素晴らしい男だが中身は猫以下だ。
こっちはお前のバイオリズムに配慮して、さらに乙女の恥じらいをかなぐり捨てて声をかけてやったのにその態度。

くそっ、

私は天馬の背中に足を当てて一気に彼をベッドから蹴落とした。狭いシングルベッドに大きな体を押し込むようにして寝ていた彼は簡単に転がり落ちた。


「いってえ!」
「もう!あっちで寝てよ、このベッド、シングルなんだから!!狭い!!」

私は彼に背を向けて怒鳴った。彼の筋肉とか無駄に整った顔を視界に入れなければ私だってこのくらいのことは言えるのである。
天馬は自身の頭をさすりながら体を起こした。

「……ったく……生理前か……」

天馬はようやく私の言う「女の子の日」を理解したらしい。彼はゆっくりと立ち上がり、そして野獣のように私に襲い掛かって……はこなかった。普通に「私の」上掛けを引きずってリビングに移動していった。その上なぜかリビングからテレビの音が聞こえてくる。

しないのかよ!!そしてテレビかよ!!その肌がけは私のだ!!


彼が人の思い通りに動かないのは今に始まったことではないが、本当にこの男は何のために素晴らしい肉体を有しているのだろう。
仕事をするわけでもなく、スポーツを極めるでもない。まあ私は彼のキャリアプランなど知ったことではないからそれは好きにしてくれていい。
最悪なのは、あれだけの筋肉を持ちながら野獣と化して彼女を喜ばせる気すらないという事だ。イケメンの持ち腐れとはまさにこのことだ。
むしろ本人が年中筋肉の発する熱に暑い暑いと苦しんでいるところを見るに、天馬にとってあのしなやかで見事な筋肉はむしろ有害筋肉なのかもしれない。


私はベッドの上でひとりためいきをついた。

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