よるのむこうに


「仕事なんか行きたくねえ」


天馬の手はそのまま私の乳房を包み込んでその感触を確かめるように動いた。

いつもの私ならいかに彼氏(?)とはいえ、朝っぱらから乳を揉むなどという痴漢行為は許さないのだが、なにぶん私は今寝たふりを決め込んでいる身だ。文句は言えない。


「……待ってろよ」


天馬は命令するようにそう言い、そのまま私の肌の上に手を滑らせてからそのまま出かけていった。
やつが出て行った気配を確認して、私はすぐにベッドの上に身を起こした。
朝から乳を揉まれて狸寝入りを貫いた私の顔は真っ赤になっていた。

「動物か!」


恥ずかしさのあまり肌がけを乱暴に剥ぐと、埃が舞い上がり肩の関節がきしんだ。

出掛けに恋人同士のすることといえば行ってらっしゃいのキスあたりが定番だと思うのだが、あの野獣はその代わりにあんなけしからんことをしたらしい。いってらっしゃいのチューなどという文化は奴の中にはない。

相変わらず彼は彼氏とか恋人とかいうようないいものではないみたいだ。ドラマや映画のような愛情表現は知らないし興味もない。


そういえばあの男が今まで私にくれたものは基本的に食品ばかりでアクセサリーや花や本などといったものはなかった。
ヤツの場合は記憶に残るものを贈るという発想はない。食べて消えてしまうものばかり。プレゼントというよりもこれはたぶん鳥類などで見られる「求愛給餌(きゅうあいきゅうじ)」なのだろう。
いったいどんな生き方をしてきたら人間社会で暮らしながらここまで野生を貫けるのだろう。不思議だ。



関節をさすりながら少しずつ動かして、ゆっくりとリビングに移動した。

すると、テーブルの上にコーヒーとぐちゃぐちゃの目玉焼きがのった皿、付け合せのつもりなのか目玉焼きの脇にはモズクが添えられている。
そしてなぜかティッシュの上に食パンが一枚置かれていた。

なぜティッシュの上に。

< 171 / 269 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop