よるのむこうに

だましだまし続けてきた私達の暮らしがかりそめのものであることはよくわかっている。わかっていた。

そのはずなのに今の私は天馬のそばにいることが心地よくて離れがたく、いつまでもそこから目をそらしている。

私の病気がわかって、別れ話をしたあとも私達は別れなかった。
天馬は自称パチプロではなくなり、モデルの仕事を受けるようになった。借金をして車を買った。料理経験ゼロの天馬ができないかがらも少しずつ料理を覚え始めた。
少しずつ私達の関係は変わりはじめていた。

でも、私達は何一つ越えたわけではない。問題を見ないようにしていただけだ。


私は起こしかけた体を再びベッドに体を横たえて、目を閉じた。

心臓がどきどきと激しい動揺を訴えている。

しばらくして、私の動揺が収まってきたころ、寝室のふすまが開けられた。細長い影が私のベッドに伸びてくる。
天馬の気配だ。

彼は狎(な)れた手つきで、まるで自分の体に触れるように私の体に手を伸ばした。温かく乾いた手のひらが私のTシャツの中にもぐりこんでくる。
呼吸をするたびにゆっくりと上下する私の体に触れて、彼は自身の苛立ちを宥めるようにただ、私の肌に触れている。
私には何も言う資格がない。ただ寝たふりをして、まるで犬猫のように体温を提供することしかできない。

「……よし」

どのくらいそうしていただろうか。やがて天馬は小さくそう呟いて立ち上がった。

何も立て直せてなんかいないのに、それでも自分の中で折り合いをつけて、そして立ち上がる。

もともとの運動能力と体格に優れていたためにそういうことを一切知らなかった彼が、私の病によってそれを突きつけられ、出来ないながらもやろうとしている。

多くの大人が経験しいつしか挫折の味と共に学んでいくその諦めを、いま天馬も経験しているのだ。
それは決して悪いばかりのことではない。みんなそうやって心の苦しみに折り合いをつけて生きているのだ。

けれど……私のせいでそれをせざるを得ない彼を見ているのはどうしようもなく苦しかった。
こんな気持ちを味わうくらいならば、病気だとわかった時点で、私なんかごみのように捨てて欲しかった。ここへやってきたときと同じように、ふらりといなくなって欲しかった。

最後までだらしない男でいて欲しかった。

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