よるのむこうに

母は私がたしなめると不満げに口を尖らせはするものの、一応は兄嫁さんへの攻撃をやめる。
賛同してくれない相手に愚痴をこぼしてもストレスがたまるばかりだからだ。


兄はそんな私に影で頭を下げる。時には私に小遣いまで握らせようとする。今回病気のことで実家にさんざん迷惑をかけたのでさすがに小遣いは受け取らないが、母と嫁に挟まれて気苦労をしている兄の姿を見るとなんだか切なくなってしまう。
母の前で妹にモテない件を持ち出されていい気がするはずもないのに、兄は自分が厄介者の妹に陰口を叩かれてもいいから親と嫁の不仲をなんとかしたいのだ。もっと言えば兄は兄嫁さんにそこまで惚れこんでいるということなのだろう。



このような事情があるので、私は表向き穏やかに私を迎えてくれた兄嫁さんのことは全力でフォローする。店番もその一つだ。
しかし小姑の立場である私がいつまでも頻繁に実家に出入りし、店番をしているというのは両親も兄夫婦もいい気持ちはしないだろうから、傷病手当が切れるまでに自立する必要がある。

そろそろ仕事を決めなきゃな……。

店の帳簿を繰って計算間違いの訂正をしながら、私はぼんやりと考えた。

私は実家に帰って一年後、膝を人工関節にする手術を受けた。そこからさらに半年近くが経過し、その間にリウマチの症状は少しずつだが治まってきている。
そこで幼馴染のやっている塾で週に数回働くことにしたが、これはバイトなので月に数万にしかならない。それではアパートの家賃を稼ぎ出すので精一杯だ。

膝のことがあるので長時間立って働く教師はもう望めないかもしれないけれど、座ってできる仕事で残業の少ない仕事ならばできるかもしれない。長年店の手伝いをして育ったので帳簿は見慣れているから経理の資格を取ってみるのはどうだろうか。

そんなことを考えていると、店の奥から母の声が聞こえた。


「夏子、あんたちょっと来なさい」

考え事の糸がふつりと途切れ、私は小さくため息をついてゆっくりと腰を上げた。
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