再生する




 そうやってうんうん唸っているときだった。

 神谷さんが「そういえば」と切り出したから、顔を上げた。


「俺の部屋にあった指輪、本棚に置いたの、青山さんだよね」

「え?」

 上げた顔が、硬直した。
 まさかこのタイミングで、ベッドの下で見つけた指輪の話をされるとは思わなかった。

 指輪も写真も婚姻届も、整理されていないごちゃごちゃの本棚に置いた。その時点ではまだ寝室はほとんど片付いていなかったし、本棚の整理を開始するまではまだ時間がかかると思っていた。
 だから神谷さんが指輪を見つけるのは当分先だと。

 でも指輪を見つけたということは、昨日一日で大分片付けが進んだのかもしれない。


「ええと、はい。ベッドの下で見つけたので……」

 少し間を置いてから、そう答えると、神谷さんは「そっか」と伏し目がちに笑う。

「どこに置いたっけなって思ってたけど、ベッドの下だったか。やっぱり男ってのはベッドの下に物を隠すね」

「はあ……」

 神谷さんも昔、成人雑誌や写真集をベッドの下に隠してたんですか? なんて聞ける雰囲気ではなかった。

「じゃあ写真や、他の物も見たんだよね?」

 他の物、というぼかし方をしたけれど、それはつまり婚姻届のことだ。

「すみません、見るつもりはなかったんですが、ベッドの下を片付けていたら見つけてしまったので。不可抗力です……」

 とにかく謝罪をしたけれど、もう神谷さんを真っ直ぐに見ることはできなくて、頭を下げたあとは視線を反らし、ひたすら壁だけを見ていた。

「いや、いいよ、大丈夫」

 わたしとは反対に、神谷さんはとても軽薄な声色だった。

「もう何年も前のことだし、処分しようにも俺もどこに置いたか分かんなくなっててさ。見つけてくれてありがとう」

「いえ……」

 わたしは、聞いてもいいのだろうか。
 数年前、神谷さんと写真に写っていた美女との間に、何があったのかを。

 きっとそれは、神谷さんの部屋がゴミ屋敷と化したことと関係がある。

 告白され、片付けを始めてしまった以上、聞いておきたいことではある。でも、簡単に聞ける内容ではないのだ。


「青山さん?」

 押し黙るわたしに気付いて、ようやく神谷さんが顔を上げた。

「あの、神谷さん……」

「うん?」

 今聞いてしまっていいのか。後回しにしたほうがいいのか。後回しにしたとして次に聞くチャンスは訪れるのか。そのチャンスまでに心の準備ができるのか。それなら今ここで聞いてしまったほうがいいのではないか。

 あれこれ考え、やっぱり今聞いておくべきだと判断して、息を吐く。そして吐いたぶんの息を吸い込み、覚悟した、そのとき。





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