再生する




「なあ、俺、どうしたらいい? 彼女と結婚して、上手くいくと思う? 上手くいかなかったら、子どもがつらい思いをするだけだ。それが、怖いんだ……」

 ここに来るまでの経緯を話し終えた彼は、静かに、意見を求めた。

 わたしは真っ直ぐ彼を見上げ「大丈夫だよ」と答える。

「孝介くんは確かに飽きっぽいし、新しい趣味での散財癖があるけど、優しいひとだって知ってるよ。昔わたしが疲れて寝ちゃってたら、そっとブランケットをかけてくれたし」

「それは……北欧っぽい柄は女の子受けが良いから集めてただけ」

「残業のあと雨に降られて途方に暮れていたときは、定時で退社したのに傘を持って迎えに来てくれた」

「それは、雨の日グッズにはまってたとき……」

「うん。どれもこれも、新しく買ったものを見せびらかすためだったけど、そういうことができるあなたは、優しいんだよ。だから、わたしは孝介くんと彼女のこと、心配していないよ」

「……」

「わたしは妊娠したことがないしよく分からないけど、きっと彼女も予期せぬ妊娠で混乱してる。悪いほうにばかり考えないで、多趣味を活かしてみてよ」

「多趣味を活かすって……?」

「例えば、彼女がリラックスできるようなグッズを探してみるとか。ああ、ほら、アロマにはまってたときもあったでしょ? 神社巡りもしてたんだから、恋愛成就や安産祈願はどこに行けば良いか知ってるでしょ? ヒーリング効果があるCDをずっと流してたこともあったじゃない。健康に良い料理作りは二週間くらいで辞めちゃってたけど、あれは有り難かったなあ」

「よく……憶えてるな」

「当たり前でしょ。これでも一応三年間、わたしはあなたの彼女で、あなたはわたしの彼氏だったんだから」

「詩織……」

「だからきっと、彼女のためになる趣味はあるから」

 ようやく、彼が笑った。それは、付き合っていた三年間で一度も見ることがなかった、晴れやかな笑顔だった。

 ぐちゃぐちゃだった彼の毎日が、再生された。そう思った。


「結婚指輪の相談なら、いつでも乗るからね」

「ありがとう。でもその前に、何か買って行こうかな。お前の反応見るために、まるでお前のことのように話してたけど、彼女を傷付けたのは本当だから。あのひとにもあれこれ注文つけて、商品何度も出させちゃったし」

「なら神谷さんが最初に紹介したシトリンのネックレスがいいんじゃないかな。星に見立てて可愛いし、小さいから普段使いもできるよ」

「じゃあそれにしようかな。プレゼント用に包んでもらえる?」

「喜んで」

 晴れやかな表情の彼は、彼女の喜ぶ顔でも想像しているのか、目を細めてふっと笑って、わたしの腕をぽんとたたいた。そして「ありがとう」と。優しい声で言ったのだった。

 ありがとうは、わたしからも言いたい。雨は良い思い出がないと思っていたけれど、ただ忘れていただけだったんだ。雨の日にもちゃんと良い思い出があった。お洒落な傘を見せびらかしたかったとはいえ、彼が迎えに来てくれた。定時で上がって、もう自宅で寛いでいただろうに、わざわざ。

 悪いほうにばかり考えていたのはわたしだった。ちゃんと良い面も見なければ。

 それは神谷さんとのことも同じだと思った。



 店内に戻ると彼は神谷さんに「ご迷惑おかけしました」と頭を下げ、シトリンのネックレスを購入し、神谷さんはそれを丁寧に包装した。そしてさっきまでの態度が嘘みたいに何度もお礼を言う。

 神谷さんはいつも通りの笑みで答えていたけれど、やっぱりちょっと元気がないように見えた。


 孝介くんと話してすっきりしたわたしは、神谷さんに「何かありました?」と聞いてみたけれど、神谷さんは「……雨だからね」と答えたっきり押し黙り、閉店作業が終わった頃になってようやく「今日、うち来る?」と言った。でも今日は無理だ。柴田さんたちとの約束がある。すでに「始めてるよー」と楽しそうな写真と店の場所がメールで届いていた。

 先約があるからと丁重にお断りすると、神谷さんはただ黙って頷いて、店の鍵を取り出した。




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