夫の教えるA~Z
 午後8時30分。

「ただいま」

 トーコの思いが通じたのか、今夜はいつもより一時間もはやく、インターホンから愛しいひとの声が聞こえてくる。
 
 お、おおっ!?
 
 この時間はいつもお風呂をいただいている。
 バスルームで髪を乾かしていた私は、一直線に玄関へと駆け出した。

「おっ帰りなっさーーい」

 “洗いたてホヤホヤ、抱っこ攻撃デスよーー”
  

 心の雄叫びとともに、ちょっぴり大胆に飛びついた私は、彼の胸板にそっと顔を摩り寄せた。

 うーん、今夜もいいカオリ。
 

 だけど…

 「……………」

 あ、あれ?

 いつもなら、すぐに背中に回ってくるアキトさんの腕が、今日は全くの無反応。

 逞しい腕に抱き上げられ、『チュッ』とか、『ぺろっ』とかされることを期待していた私は、少なからずショック受けた。
 しがみつく力を無くし、ヘロヘロと胸から剥がれ落ちても、彼は黙(だんま)りのまま。

 一体、何故?

 仁王立ちの彼を見上げ、私はギョッと目を見張った。
 
「げっ。ア、アキトさん…!?」
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