無糖バニラ
*
玄関の扉を開けると、朝の少し肌寒く感じる爽やかな風をすうっと吸い込んだ。
甘い香り……。
夏が涼しいのなんて、朝だけだ。
制服の長袖シャツをさする。
あたし、内海(うちみ)このはは立ち止まり、隣の家を仰ぎ見た。
『パティスリー Vanilla』。
そんな看板を掲げたケーキ屋は、名前の通り、いつもバニラのいい香りがする。
昔から大好きな……
ガチャッ、リンリーン。
お店の正面入口のドアが開いて、軽快なベルの音が鳴った。
そこから姿を現したのは、あたしと同じ学校の制服を着た同い年の男の子。
「おっ、おはよう!翼(つばさ)!」
「……ああ」
翼は、あたしをチラッと一瞥(いちべつ)しただけで、無表情で歩いていってしまった。
……分かってたけど。
今日も、結構勇気出したのに。