憧れの染谷くんは、いつも
初めてのデート

翌日の昼休み、染谷くんからメールが届いていることに気が付いた。そこには週末の待ち合わせ時間と場所が書かれている。


(これって、デートだよね……)


昨日は事態をよく飲み込めずにいた私だが、一晩寝てやや冷静になった頭で思い出すと、どう考えてもデートの約束だった。ついでに去り際の「おやすみ」も思い出して、カッと頬が熱くなる。おはようは言い慣れているのに、おやすみはものすごく照れる。

落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせながら再び画面を覗くと、メールの最後に変なことが書いてあった。私の頭の中がハテナマークでいっぱいになる。


〝高瀬に何か言われても、気にしないで〟


(高瀬くんと喧嘩でもしたのかな? 珍しい)

最近急激に人間ぽさが感じられるようになってきた思い人の言動が、どこかかわいらしいなと感じながら、私は休憩時間を過ごした。


染谷くんのメールの意味は、夕方判明した。飲み物を買って自席へと戻る途中に、高瀬くんと会ったからだ。彼は私を見つけると、にやにやしながら近寄ってきた。何だか嫌な予感しかしない私は、思わず一歩後ずさる。


「松井ってさ、見かけによらず結構小悪魔系なんだな」

「コ、コアクマ?」


何のことか全く心当たりがなくぱちぱちとまばたきをしていると、高瀬くんはわざとらしく身振り手振りを交えながら言う。とても楽しそうに。


「家の近くにコンビニあるじゃん。俺の家と松井ん家の間くらいの所の。あそこでさ、立ち読みしてたら松井が見えたわけよ」

「それっていつの話……?」


冷や汗が背中を伝う。一応聞いてはみたけれど、にやにやしたまま何も答えないところを見ると、完全に昨日の話だろう。
よりによって高瀬くんに見られていたとは。


「ーー松井の隣に染谷がいたから、驚いたのなんのって」


私だって驚いた。私とは逆方向に住んでいる染谷くんが、あんなことを言い出すとは思わなかったから。


「今朝たまたま会ったから聞いたんだけどさ」


高瀬くんはわざとらしく一旦溜めて、声を潜めて言う。


「……家まで送ってくれた染谷を門前払いしたんだって?」

(ーーえ?!)


バッと勢いよく顔を上げると、高瀬くんと目が合った。目が笑っている。


「門前払いって、私は何も……!」

「……何もしてないから言ってるんだよ。次はお茶の一杯くらい飲ませてやれば?」

「う、うん。……頑張って部屋を掃除する」


そう言うと高瀬くんは、やっぱ松井最高だよ、と大笑いしながら歩いて行ってしまった。
席に戻った私は、高瀬くんに言われたことを真剣に考えてしまう。染谷くんには気にするなと言われたが。


(高瀬くんの言う通り。せっかく送ってくれたのに家にもあげずに失礼だったかな……)


染谷くんの優しさは、時に私の非常識を甘やかしているようだ。高瀬くんみたいに経験豊富な人なら、自分がどう立ち回ればいいのかすぐ判断できるのだろう。気の利かない自分につくづく腹が立つ。


(結局、小悪魔ってどういう意味なんだろう……)


どうせあの言い方からして、いいことではないだろう。染谷くんからもそう思われているのか、不安になった。

< 80 / 120 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop