君はヒロイン
1.君はヒロイン
緑の映える7月、晴れ渡った青空の下。

蝉が力強く鳴く季節の田んぼのあぜ道で、少女が叫ぶ。

「那智に近づくな!」

藤崎みね、当時12歳。

強敵はいつも通学路にいる。

「んだよぉ、泣き虫なチビだな!」

「女子に守ってもらおうなんて、男らしくないなー!」

対峙した上級生の声が飛ぶ。

みねの後ろに泣き虫な一つ下の少年、真崎那智がこっそり隠れる。

「うぅ……っ」

「那智の弱虫!」

通学路の上級生は那智を見るたび、いつもからかっては泣かし続けている。

「うるさい!!お前ら、そもそもよってたかって上級生が!」

「なにぃ?」

カチンとくる上級生に、みねは喧嘩をふっかける。

「悔しかったら、ひとりの力で強さを証明しろ!!それも出来ない奴が喧嘩する資格なんてねぇよ!」

「こいつ…!」

指をならし近付いてくる上級生たち。

「あっUFO!」

「えっ」

みねの一声で上級生が油断する。

「那智行くぞ!」

「え」

那智の手を強く引き、その場を猛ダッシュで走り去るみね。

「おい、逃げたぞー!」

「また逃げるのかチビども!」

「卑怯な真似しやがってー!」

追いかけてくる上級生を引き離し余裕で目をくらませる。

「……はあ、はぁ、どっちが卑怯だっての」

息を切らしたみねはボソッと呟き、那智を見る。

「那智、大丈夫か?」

「はぁ、はぁ……うん…」

山のふもとの木陰で、2人は座り込んだ。

下を俯く那智。

「僕に、あいつらを倒す力があったらいいのに…」

「……なに言ってんだよ」

悲しそうな顔をする那智に、みねは笑う。

「那智は那智のやり方があるんだよ、倒すだけが正義じゃねーよ」

「でも」

那智が目に涙を浮かべる。

「毎度みねにかばってもらって逃げてばっかり…僕強くなりたいよ!」

「……那智」

困った顔をするみね。

「強さって力比べじゃないよ、逃げるって言い方はよくねぇな」

「…だって」

「那智はさ、むかつく奴を傷つける事が正解だと思う?」

「……」

「よく考えてみるといい、またその答えを聞くよ」

みねは怒らない。

那智は優しいみねしか知らない。

「さあ、帰ろう那智」

にっこり笑うみね。

「うん」

優しくて、気丈で、しっかりした姉のよう。

那智にとって、かけがえ無い存在であることは確かだった。

そこへ白い軽トラックが通りかかる。

「よう、那智とみねじゃねーか」

「昇平おじさん!」

止まった軽トラックに駆け寄るふたり。

「どうした那智、また泣いてたのか」

見抜かれて真っ赤な顔をする那智。

「帰ってたの?」

「あぁ、さっきこっち着いたんだ。またうるさい都会に戻らないといけんがよー」

「へー」

昇平おじさんにはこの近所に親が住んでおり、普段は都会に住み働くが時々こうして帰ってくる。

みねが助手席の白い紙袋に気づく。

「なに、それ?」

「これか?みんなに土産だよ、せっかくこっち戻ったしな、2人にもやろう」

昇平がごそごそと紙袋から取り出したのは、名物のどら焼きだった。

「ほれ」

「わあ、ありがとう!」

「また後でふたりんちの親御さんとこにも挨拶にいくから、とりあえずそれおやつにしな」

「うん!ありがとう昇平おじさん」

みねはニコニコして礼をいう。

那智も頭を軽く下げる。

「ありがとおじさん」

「おう!じゃあまたな」

「ばいばーい」

軽トラックは走り出し、昇平おじさんは去って行った。

「さ、帰ろっか」

みねの声に負けないくらい、山中から蝉がうるさく鳴く。

むしろ、みねの言葉はかき消されていたかもしれない。

澄み切った青空には大きな入道雲がわき、風が吹き抜ける。

みねの後ろ姿が異様に眩しい。

そんな夏の日。

みねは、死んだーー。
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