あなたの願いを叶えましょう
「あんたが勝手にキスなんかするから…!」

真っ赤になりながら言い訳する私を見据える黒澤波留の目はすっかり熱が冷めていた。

「俺は、同意の上だと思ってたんだけどね」

確かに途中まで私も乗っていた。ノリノリだった。

だけど胸に微かな痛みが走った瞬間、失いかけていた理性が超特急で戻ってきた。

黒澤波留は会社の同期。

それ以上でもないし、それ以下でも、ない。

「だから冨樫はモテナイんだよ」

「別に遊び相手にされるくらいならモテなくていい!」

捨て台詞を吐くと、その場から逃げるように走り去る。

黒澤波留が後を追ってくることはなかった。

その場から一刻でも早く遠ざかりたくって、大通りに出ると流しのタクシーを拾う。

後部座席のドアが開くと慌てて乗り込んだ。

どうしよう…どうしよう…

とんでもないことしちまった…

車が走り出して暫くしても心臓はまだ早鐘のように脈打ってる。

黒澤波留の香り、唇の柔らかな感触、抱き合った時の引き締った身体、キスの合間の苦しげな吐息

怒涛のごとく脳裏にフラッシュバックする。

「っかーーー!」

たまらず突如奇声を発すると、タクシーの運転手さんがバックミラー越しに訝しげな視線を向けて来た。

そして家に着くまでこの奇行を数回繰り返したのはまた別の話し。
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