【B】きみのとなり



「嵩継君、ちゃんと見てるわよ。
 貴方が頑張ってくれてるの。
  
 雄矢先生のフォローも、坊ちゃま二人のフォローも嵩継君が頑張ってくれてるから何とかなってるのよね」


「大丈夫ですよ。

 あいつらが戻ってくるまで、まだ踏ん張れますよ。
 オレがいますから」


「そうね。嵩継君が居てくれると安心ね。

 だけど私が言いたいのは違うのよ。
 嵩継君が頑張ってくれているのは伝わるわよ。

 だけど貴方の気負い過ぎる癖が心配なの」



気負いすぎる癖……確か前にも海斗の時に指摘されたことがあった。

自分でも気がつかないほど無意識に気負う癖があるらしいオレは
水谷さんに指摘されるまで気がつくはずもなく……。




「また気がついてなかったのね。

ったく、このまま嵩継君まで倒れてしまったら、
 それこそ誰が鷹宮を支えるのかしら。

 もう少し、信じてあげなさい。

 早城先生や氷室先生、若杉先生や蓮井先生たちを。
 最近は頼もしくなってきてるでしょ」


「えぇ、あいつらは……此処にきて随分成長しました」



あいつらの実力が伸びているのも身近で感じている。


「だったら……ね、もう少し肩の力をお抜きなさい。

 上に立つものが力みすぎていると下のものは仕事がやりにくいものなのよ。

 どんな時でも上のものは下のものに、ゆとりを与えてあげられる存在でなくてはいけないの。
 
 雄矢さんはそれが上手い人なの。
 もう少し雄矢先生のように下の子に任せる力量も必要ね。

 それはゆくゆく、勇ちゃんにも千尋君にも学んで貰わないといけないけど、
 まずは嵩継君からね。

 貴方は二人のお兄ちゃんなんでしょう?」



鷹宮の母。


誰もが感じる水谷さんは遠慮なくズバっと物申してくれる。


千尋や勇人の場合はこの人にオムツ交換までお世話になってたってんだから、
逆らえるわけもないかっ。


研修医時代から世話になってるオレですらこの様だしな。



「ねぇ、嵩継君。

 千尋君もそうだけど貴方も周囲が見えなくなってないかしら?
 ちゃんと自分の心に聞いてみなさいよ」



流石、水谷さん。
何もかもお見通しですかっ。



話題が話題で気まずさを感じ、
とりあえず深入りされる前に先手を試みる。



「勇人のことですが……」

「勇ちゃん見つかったの?」

「残念ながら、まだ見つけるには至ってません。

けど今日、氷室の知り合いの金城さんが調べて勇人が先月の初め頃、
 入り浸っていたバーをみつけたようです」

「……そう……。
 勇ちゃん、家に帰ってこないでずっとバーにいたのね」


総師長はその事実を一つずつ整頓し、
自身に言い聞かせるように小さな声で反復する。



「その後、そのバーからも姿を消し足取りが掴めていません。
 千尋の方も柳宮君が保護出来ないままに一ヵ月過ぎてしまいました」

「嵩継くんも今年は出津君を振り返る時間もなかったわね」

「海斗は此処に居ますから」

「そうね。
 出津君のお母様から出津君の御遺骨で出来たエターナルペンダントを託されたのだったわね」

「えぇ。

 こいつの命日もバタバタして終わりそうです。
 けど今は勝手出来ませんし、落ち着いたら後で詫びいれて許して貰いますよ」

「その時は橘高さんと一緒にかしら……」


水谷さんの言葉に思わず飲みかけのお茶を噴出しそうになる。




……墓穴った……。




「アイツは大丈夫ですよ。

 とりあえず今の状態が落ち着いたら話し合います。
 水谷さんはそれを伝えたかったんでしょ」


オレの言葉に水谷さんは柔らかに微笑む。


ふいに総師長室の電話が鳴り水谷さんは素早く手に取ると何かを聞き取って受話器を置く。
それと同時に聞こえ出す救急車のサイレン。



こんな夜に限って何台も来やがるっ。
流石のアイツらも参るだろう。




「総師長、オレ行きます」

「安田先生、私もサポートに付きますよ」



その瞬間、水谷さんから母のような甘さは掻き消えオレの心も引き締まる。


「お願いします。
 総師長」
    

慌てて総師長室と飛び出して処置室に飛び込む。





また休み損ねたなー。


だが今は多少の無理も仕方がない。


この暗闇の時間よ……今は少しでも早く明けてくれ。



患者の受け入れ態勢を整えながら、
ふと戦闘服の下、直肌に触れる海斗を感じる。





悪い……海斗、今は妹のこと頼むわ。
オレは、此処を支えなきゃなんねぇ。



今日も慌しい夜が始まる。
何時終わるかもわからない終わらない夜が……。
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