頬にふれる距離
2・女性の賞味期限

 頭から琥珀色の炭酸飲料を滴らせる男。彼を前に、織江はゆっくりと息を吐き出す。
 身体中を満たすほどの怒り。ぐつぐつと煮えたぎる程にまで高められた感情の熱を逃がすためだ。同時に、瞼を一度閉じ、ゆっくりと開く。

 織江は改めて気付いた。自身が未だにグラスを握りしめていることに。男が滴らせている液体が入っていたグラス。織江はそれをテーブルの上へと置いた。
 店内では、変わることなくBGMが流れ続けている。だが、会話は途絶え、ふたりの周囲は静まり返っていた。切り取られたような静寂の中では、グラスを置く小さな音でさえ、織江にはやけに響き渡っているかのように感じられる。
 濡れた前髪をかき上げた男の眸が、自身の姿を捉えていることを確認し、織江は椅子の背に掛けていた鞄を引き寄せる。財布から取り出した数枚の紙幣。それを男の目の前まで、テーブルの上を滑らせた。

「これ、クリーニング代よ」

 織江の言葉に、男は僅かに右の眉を上げ、口元を緩める。その態度に織江の頬が一瞬で赤みを増した。
 傍目から、今の男の姿は十分に悲惨な状況として映っているであろう。にも関わらず、彼の態度はどうだ。現状を、いや、織江の反応を楽しんでいるようにしか見えない。
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