僕は君に夏をあげたかった。
海辺の再会
大阪・天王寺駅から特急くろしおで約2時間。

目的地を告げるアナウンスに、少しだけまどろみに沈んでいた私の意識は引き戻された。


(……やっとついた)


長旅というほどでないが、ずっと同じ座席に座っていたので体がこり固まっている気がする。

席を立ち、んっと背伸びをしてから、荷物を抱えて車外……目的の駅へと降り立った。


ーーー真っ先に感じたのは、むせかえるような夏の熱気。


電車から降りた途端、むわっとした空気が私を包んだ。

すぐにかしましいセミの声が追いかけてくる。

その声は、暑さをさらに助長させている気がした。

足元に伸びる影が濃い。

駅の屋根越しにでも、日差しの強さがハッキリわかった。


「…はあ」


思わず、ため息。

くろしおがあんなに揺れるとは思わなかった。

おかげで少し酔ったみたいだ。

冷たい飲み物でも買いたいと、辺りを見渡し自販機を探すものの、古ぼけた駅のホームには、同じく古ぼけた木のベンチくらいしか置かれていない。


「…うーん…結構……田舎、だよね……」


最後にここに来たのは、いつだったか。

あれは、そう……まだお母さんが生きていた頃。

10年くらい前だろうか。

お母さんに手を引かれ、おじいちゃんに優しく迎えられ、夏休みをここで過ごした。

毎日のように、家の近くの海で遊んでいたのを覚えている。


――また、ここに来ることになるなんて。


和歌山県の海辺の町。

母方の祖父の暮らす町。


私は夏の間、この町で、祖父の元で暮らすことになっている。


「……ふう」


新しい暮らしに怯む気持ちに負けないよう
大きく深呼吸をして、目一杯空気を吸い込んだ。


町の空気は、あのときときっと変わらないのに。

私はこんなにも変わってしまった。
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