僕は君に夏をあげたかった。
「……さあ、ほいだら岸へ戻るで。無事でホンマに良かった」


船の運転をしてくれているおじさんが私たちにそう声をかける。

よく見ると、商店街の魚屋のおじさんだった。


「……いやー。奇跡ってのはあるもんやな。あんたを探してたら、急に声が聞こえたんや。人間の声というより……動物……猫みたいな声がな」

「………猫?」

「ああ。ほいで、声の方へ行ったら、海面が光ってた。もしかしたら月光を反射しとっただけかもしれへんけど、わしらには中から光ってるように見えたんや」

「……もしかして」

「ああ。そこに潜ってみたらあんたがおったってわけや。ホンマ不思議かことはあるもんや。神様の導きかもしれへんな」

「………神様」

「それか………死んだ誰かの魂が守ってくれたんかもな」


おじさんはそうしみじみと言った。



『この町で死んだら、その命は海に行く。波になって、引いては寄せて、大切なひとを見守る。いつまでも、いつまでも……』



それは町の人が信じている言い伝え。

佐久良くんが言っていた、海の物語。


「………本当に?守って、くれたの………?」


問いかけに答える人は誰もいない。

ただ、波が寄せては返し、船を揺らしていた。

私はお父さんたちに抱きしめられながら、ゆらゆら揺れる海を見て

いつまでも泣いていた。




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