僕は君に夏をあげたかった。
じわ…と視界がゆがんだ。

涙が目にたまり、ゆっくり頬をつたう。


「松岡さん……」


佐久良くんが少し不器用な手つきでその涙をぬぐってくれた。

何も言わず、ただ触れてくれるその行為に、ひどく安らぎを感じる。


「……佐久良くん……少しだけ、私の話を聞いてくれる?」

「……うん」

「私ね……あの人とケンカして、家に居づらくなって、この町に来たの」

「………そう……」

「お父さんは、いつも、あの人の味方。
私に、……新しいおかあさんはいい人だから、仲良くしなさい、もっと素直になりなさい、あまり彼女を困らせるな、……そんなことしか言わない」

「…………」

「わ、私……今までお父さんのために……お父さんを支えたくて頑張って来たのに……。お父さんは、もうきっと、あの人の方が大切なの……私や………お母さんのことなんて……もう、もう……」


ぶわっ、と自分で驚くくらい涙がこぼれ、焼けたアスファルトに落ちていく。

佐久良くんはそんな私をそっと抱き寄せて、泣き顔を隠すようにしてくれた。

彼の胸に抱かれたシジミが私を慰めるように顔を寄せてくる。

それが悲しくて、よけいに涙があふれだした。


「うっ…うう……ううう……」


涙の滴が地面におち、アスファルトにシミをつくる。

そのシミは焼けつくような太陽の光にあっという間に蒸発して消えていく。

陽炎のように。

この町の陽炎は、こうして誰かの涙を消しながら生まれていくのだろうか。

佐久良くんの体温とかすかな汗の匂いを感じながら、そんなことをぼんやりと考えていた。
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