僕は君に夏をあげたかった。
「この町で死んだら、その命は海に行く。波になって、引いては寄せて、大切なひとを見守る。いつまでも、いつまでも……。ーーそう、言われているんだって」

「………」

「だからこの町の人は、海に死んだ人の魂がいると信じてる。海に行けばいつでも会えると。

それで、とても海を大切にしているんだ。

この町に来たとき、そう教えてもらったよ」

「……ふーん」


それはいわばどこにでもある迷信のようなものだろう。

でも佐久良くんは微笑んでいるものの、どこか切羽詰まっているような真剣さがあった。

夕日を浴びて、染まった海を眺める。

赤と橙の世界の中、波だけが白く、昼間と変わらない音をたてる。

この波は誰かの命なのだろうか。

こうしていつまでも変わらずに町を見守っているのだろうか。

残した、大切な人を。


『海に行けば、いつでも会える』


「…………」


私はシジミの赤い首輪を、持っていたカバンから取り出した。
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