曇る


 夕方から降り始めた雨は止む気配なく降り続いている。車の窓を雨粒が打ち、視界を奪う。

 話があると呼び出したのは彼のほうだった。私は素直に応じ、雨が降り始めた頃、彼と落ち合って食事をした。ほとんど味のしない食事を終え、彼が私の自宅まで車を走らせた。私はあえて彼を問いたださなかった。それは私のすることではないと思ったから。話を切り出そうと言葉を詰まらす彼を眺めながら、ワインを三杯飲んだ。

 私の自宅前で車が止まり、それからきっかり三十秒、彼の言葉を待った。これが私にできる精一杯の親切だった。シートベルトを外し、「じゃあ」と振り向いたところでようやく彼は真っ青な顔で「待って」と言ったのだった。私はドアに掛けていた手を離してシートに座りなおす。水の滴るフロントガラスからぼやけた光が入ってきて車内を照らした。私は何も言わず次の言葉を待った。彼は繰り返し練習したような調子で話し始めた。


「本当に申し訳ないと思っている。とても許せるようなことではないことも分かっている。でも僕はやっぱり君じゃないと駄目なんだ。もう一度だけ、僕にチャンスをくれないか」

 まるで他人事のようだった。私は窓の外を見つめる。路面に反射する赤信号の光が、なんだか挑発の合図に見えた。好戦的な色。


< 1 / 2 >

この作品をシェア

pagetop