海老蟹の夏休み
「すまない……つい」
「いえっ、そんな、面白いお話です。もっと聞きたいくらい」
「そ、そうか?」
 嬉しそうに反応する沢木だが、すぐに頬を引き締めた。

「うん、だが今はよそう。それよりもだ、ええと……そうそう、高3の夏休みに僕は、この穂菜山に久しぶりに来たんだ。そして懐かしい公園をぶらぶらするうちに、水族館に行ってみようと思い立った」
「えっ?」
 さすがに偶然すぎるのでは……

 朋絵は驚くが、沢木は大真面目に続けた。
「今日のきみと一緒で、元気の無い顔で山道を上ったよ。やがて見えてきたのは、久しぶりの水族館だ。僕はちょっと期待していた。ほんの一時でも、受験を忘れて楽しい時間を過ごせるんじゃないかと。ところがだ……」

 二人はいつしか山を下り、噴水広場に辿り着いていた。
 バス停まであと少し。
 朋絵は彼の話に集中し、黙って耳を傾ける。

「子どもの頃に見たのと、ずいぶん違う。こんなにもみすぼらしい建物だったなんて……ってね」
 歩みを止め、沢木と顔を見合わせる。
 もはや他人とは思えない。
 もしかしたら、この人は自分の分身なのではと、そこまで考えてしまい、朋絵はぷるぷると頭を振った。そんな馬鹿なこと、あるはずがない。

 でも……



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