海老蟹の夏休み
 節電対策のためか、噴水は止まっている。静まり返った広場を見ながら、沢木は言った。
「さっき、館長に会っただろう」
「あ、はい」
「あの人がね、僕に同じことをしてくれたんだ。だから僕は真似しただけで、二番煎じ。大したことではないよ」

 外灯に浮かぶ沢木の横顔に、館長の顔が重なる。ひげを豊かにたくわえた、優しそうな人だった。ニコッと微笑んだのは、意味があったのだ。

「不思議……ほんとに、こんなことってあるんですね」
 沢木が受験生だった高3の夏休みと、怖いくらいにシンクロしている。朋絵は興奮を抑えるため、両手を握り合わせた。

「館長はその頃、今の僕と同じ学芸員だった。大学勤めをしたり、別の博物館に異動したり、いろんな仕事を経たたあと、二年前に館長として穂菜山に戻ってくれた。嬉しかったなあ」
「ご縁があったのですね」
「……うん。一期一会って言葉があるけど、縁って不思議だな」

 沢木との縁もそうだ。
 朋絵はほうっと息をつく。ようやく落ち着いてきた。

 二人はバス停にゆっくりと歩き、色あせたベンチに腰かける。
 夜の穂菜山を眺めながら、最終便を待った。
 もうすぐお別れなのだ。
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