スノウ・ファントム


どこからか金木犀の香り漂う塾の帰り道、俺は得た情報をさっそく山野に報告した。


「……キナコ? ずいぶんと粉っぽい名前だな」

「本名は違うよ。でも、いつかキナコって呼びたいなーと思って」

「おいおい、話しかけられないくせにもう呼び方決めてるのかよ」


山野にばかにされて俺はちょっと不貞腐れるが、彼が言うことは真実。

でも、今は彼女の姿を遠くから眺めて、ほんのり胸に小さな灯がともるような喜びを感じているだけで幸せなんだ。
もちろん、仲良くなれたら、とも思うけど。


「で? 名前知っただけでそんなに浮かれてる持田の模試の出来は?」

「聞くなよ。半分も自信ないんだから」

「はは、俺もー。結果返ってきたらどっちが下か見せ合おうぜ」

「ソコ普通どっちが上かでしょ」


山野とのくだらないやり取りが楽しくて、この頃は帰宅してからも気持ちが軽い。

親から投げつけられるやかましい小言も、山野に話せば途端にしょうもない笑い話に姿を変えるから、もはやネタだ。

しかし、その日帰宅してみると、夕食時に食卓で向き合った母親から飛んできたのは小言ではなくこんな質問。


「最近アンタ機嫌いいわね。塾もいやいや行ってるようだったら辞めさせるべきかと思ったんだけど、まだやれそう?」


予想外の展開に、好物のエビフライを齧っていた俺は、口からパン粉を飛ばすほど慌てて主張する。


「じ、塾は辞めない! 最近、その……楽しくなってきたんだ」


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