あしたのうた


紬に言われて、確かに、と今までを思い返す。こうして抱き着くことはほとんどなかったけれど、向かいあったときの紬の顔は大体この辺りにあった。


幼馴染だった時代もあるから、成長する前は同じくらいか紬の方が大きい頃もあったけれど。基本的に成長してからは、このくらいの身長差で。変わらないんだなあ、と思うと、どこか安心できるものがあった。


「……かえ、ろう」

「……うん」


離れがたいのは分かるし、俺も同じだけれど。そっと離れた身体の間を、ふうっと冷たい風が通っていく。消えてしまう温もりを恐れて二人手を繋ぐと、いつものように、今度は二人で、斜面を登った。


駅へ向かって、二人並んで歩く。会話はないけれど、いつもの温かい空気。完全に元に、とは言えないまでも、確実に元に戻りつつある雰囲気。


俺が思い出したら、また変わる。だからそれまでの間の、空気だ。


思い出して、いい方向に転ぶか、悪い方向に転んでしまうのかは分からない。けれど紬の反応からして、悪い方にはいかないではないかと期待する。


俺と紬の未来には、影しかないのだと思っていた。


それは、ずっとずっと、ずっと昔から。それこそ、この繰り返しが始まった頃から、時折思っていたこと。ふとした瞬間に感じる、唐突に訪れる理不尽な別れを、どうしても強く感じてしまうとき。


そうではない、と、思ってはいる。楽しいことも嬉しいこともあるし、こうして日常を送ることができていること自体が、俺と紬にとっては幸せそのもの。


けれど時折考えてしまうことがあるのも事実だ。それは、この時代でも。特に今は、どうなるか分からない未来が正直怖いし、あるのかどうかも分からない影に怯えてしまうことだってないとは言えない。


きゅっと繋いだ手に力を込めると、気付いた紬がどうしたの、と首を傾げてくる。幸せだなあって、と答えると、恥ずかしそうに笑った紬がごまかされないよと釘を刺してきた。


「本当、紬には敵わないね」

「……私だって、渉には敵わない」

「そうかな」


そうだよ、と返す紬の瞳に柔らかい促しが見えて、一度口を閉じた。


大切なことをいう時、何か悩んでいる時。言葉に悩んで一瞬考えるのは、癖かもしれない。だが言葉が大切なものだと知っているから、口に出してしまった言葉は取り消しも撤回も出来ないものだと知っているから、どうしたって慎重になる。


それは、俺も紬もきっと、同じだ。だから、下手に急かすことはしないでお互いにお互いの言葉を待っている。


いつだって。今だって。


「俺たちの未来には、影しかないのかなって、思うことがあるんだ」


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