コクリバ 【完】
「気を付けて……」

それだけ言うと、涙が溢れそうでまともに彼の顔が見られない。

「おまえもな……」
「うん……」

泣かないと決めていたのに、鼻が痛くて涙が堪え切れない。

「奈々……」
「うん」
「鼻、真っ赤」
「……もう!」

見上げた先にあった誠也の瞳が、海面を映してキラキラと輝いている。

「行ってくる」
「うん。頑張って」
「半年、待てるか?」
「6年も待ってたから、今更、半年なんて平気」
「はっ。そうだな」

優しく細められた目が愛おしくて……触れたい。
誠也に強く抱きしめてもらいたい……

「奈々…」
「うん?」
「……強くなったな」
「おかげさまで」

低い声が震えている。

彼の気持ちが痛いほど分かるから喉が熱くなる

誠也の顔が見ていられなくて俯いた。

また鼻が赤くなっているんだろう。

「顔、上げろよ」
「無理」
「泣くなよ」
「泣いてない」
「奈々……フライパン、買えなかったな」
「うん」
「戻ったら俺が買うから、待ってろよ」
「うん」
「奈々……」

誠也の右手が私の肩に触れるから……もう、堪え切れない。

ハンカチを握りしめ、次から次へと溢れ出てくる涙を拭いた。

誠也の右手に力が入る。痛いくらいに肩を握るから、それがこの場所での精一杯の抱擁だと思った。


「行ってくる」

低い声が頭上から私を包む。

その声に何度も頷いて答えた。

「待ってる」

消え入りそうな声でそう言うと、右手が肩から離れていった。
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