太陽が愛を照らす(短編集)
ハードル


 お腹が空いているからいっぱい食べられると思っていたんだけど、やっぱり食べられなくてほとんど残す。

 恋愛もそう。いっぱい好きだからうまくいくと思っていたんだけど、好きが大きすぎて手におえなくなって行き詰って別れる。
 繰り返すのは、わたしが馬鹿だからか。

 いっぱい求めて何が悪いんだろう。多けりゃ多いに、大きければ大きいにこしたことはない。目標は高く持てって、小学生の時に先生が言っていた。
 ハードルを下げた簡単な目標なら、心も身体も余っちゃうじゃないか。そんな満たされない生活、つまらないじゃないか。いつかは十メートルのハードルも跳び越えられるって、信じたいじゃないか。


「おまえって時々変なこと言うよな」

 わたしのベッドの上で漫画を開きながらコウが言った。シャワーのあと髪をちゃんと拭かないから、さっきからぽたぽたとしずくが落ちている。

「わたしの発言云々より髪拭いてよ。ベッドと漫画が濡れる」

「タオル見当たらねえんだもん」

「洗面所にあったでしょ。あんたの目は節穴か。節か」

 笑いながらのろのろと洗面所に戻るコウの背中を見送りながら、深い息を吐いた。


 終電を逃したからと、やつが深夜に訪ねて来るのも、今月に入って三回目。今年に入ってからはもう十回を超えた。

「ねえ、彼女はさあ」

 洗面所に向かって言うと、奥から「んーなにー?」と間延びした声。続いてコウがバスタオルをかぶって顔を出す。

「ちょっと、それ違う、バスタオルじゃん」

「で、なんだって?」

「彼女、うちに泊まるってこと知ってるの?」

 ベッドに戻るバスタオル男は、あっけらかんとして頷いた。ああ、知っているんだ。当たり前じゃん、という顔をしながら言うくらい、彼女に話しているんだ。彼女は気にならないのだろうか。恋人がどこぞの女とひとつ屋根の下で夜を過ごすことを。

「だっておまえじゃん」

「なにが」

「間違いなんて起きるわけないし」

 そんなにはっきり言わなくてもいいじゃないか。わたしは女で、コウは男なんだから。しかも寝やすさ重視で露出の高い部屋着を着ているわけだし、欲情しないとは限らないじゃないか。




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