ここで息をする


途中で嫌になって数えることをやめたけど、たぶん前回の台詞ミスで撮り直したときよりもやり直した回数は多い。カメラを止めて練習した数も含めると、かなり恐ろしいことになると思う。

……まあその結果、泳ぎ疲れてきて早くこのシーンを終わらせたいと思い始めていた私の素の姿が、上手い具合に“ハル”のがむしゃらな泳ぎと重なって無事にオッケーを貰えることになったんだけど。

先輩が出す演技の指示は複雑だったと思う。だけどその意図を汲み取れずに上手く演じられなかったのは私のせいだ。自分の中では反省すべき部分が多々あって、気にし始めるときりがない。

でも、終わりよければすべてよし……なのかな。

以前の撮影で高坂先輩達に励ましてもらったことを思い出して、とりあえず今は前向きに考えることにした。都合のいい考えかもしれないけど、そう思うだけで重く沈みかけていた心がふわりと軽くなって浮いたような気がした。


「波瑠、一旦上がって休憩していいぞ。次のシーンは水泳部が昼休憩に入ってからやるから」


いつまでもプール内に立ち尽くしていた私に、いつの間にか立ち上がっていた高坂先輩が手を差し出してきた。私を促すように大きな手のひらを伸ばして待っている。

すぐそこに梯子もあるし、泳いで疲れたと言ってもプールサイドを上がれないほどではない。

だけど今は、その気遣いに素直に甘えることにした。撮影中はちょっと厳しかった高坂先輩が一転して見せてくれたさり気ない優しさが、やけに身に染みて嬉しく思えたから。

お礼を言いながら、力強そうな厚みのある手に自分の手を重ねた。触れた先輩の手は、水中で冷えていた私の手にじんわりと熱を渡す。

自分の力でもプールサイドへと上がるけど、ほとんど先輩に引き上げられたようなものだった。頼もしい支えに、安心して身体を委ねられる。


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