大人にはなれない

「……母さん、悪いけどひまりよろしく」
「美樹?どこに行くの?」
「母さんの年金とか俺らの児童手当が支給されるのは、まだ先だろ?さすがにそれまで待てないし」


折角肉が買えたのに。

野菜炒めだとか肉じゃがとか、ちょっとずつ使って一週間夕飯で食いたかったのに。冷蔵庫が使えなきゃ腐っちまう。……電気が復旧してないって先に知ってりゃ、こんな買ってこなかったのに。


「母さん、このバックに肉入ってるから、痛む前に台所に懐中電灯でもつけて焼いておいてもらえるか?」
「いいけど、美樹はどうするの」
「先にひまりと食ってて。俺は福原先生に、この前渡した給食費、やっぱ一度返してもらえないか頼んでみる。……まだ部活で残ってると思うし」
「……待って美樹、電気代はすぐに母さんがどうにかするから、」


背後で母さんが呼び止める声がする。ひまりも俺を呼ぶけれど、聞こえないフリをして置き去りにした。飛び降りるような勢いで階段を下りて、そのまま何かに取り憑かれたように薄暗い道を猛ダッシュで走っていく。

そのまま夢中で学校まで走り続ける。





『どうして?あたしが頼んでもダメなの?』

走りながら、中村と気まずくなる決定打になったときの会話が不意に頭を過ぎる。

『美樹くん、携帯持たない主義とか、そういうのも分かるけど。あたし美樹くんとLINEしたり、会えないとき電話したいよ』

中村は、俺のことが好きだからつらいんだと言っていた。好きなときに好きな人と自由に話すことが出来ないことがつらいんだって。

『それってそんな特別なこと?カレシに望むには贅沢なお願いなの?そんなの、他の子はみんなカレシとあたりまえにしてることじゃん。普通のことだよっ!』


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