大人にはなれない



『俺、今日は家にいるから』


息吹はこうなることが分かっていたから、あんなことを言ったんだろう。縋りついてしまいたいけど、行くわけにはいかない。息吹も俺が頼らないと分かっていて、それでも言わずにいられなくて言ったんだろう。

一度頼ることを覚えてしまったら、友だちではいられなくなる。本当はもうとっくに対等なんかじゃいられなくなってることに気付いてる。それでも必死で対等なフリをしていたかった。

じゃなきゃ本当に俺が俺じゃなくなってしまう。




辺りは次第に暗くなってきて、どこの家の窓辺にも電気のあかりが灯っていく。

金がないって惨めだ。自分たち家族だけが、あの明るい幸せからこぼれてしまっている。……いや、金がないってことを盾にとって、家族を傷つけた自分が惨めなんだ。そんな自分の弱さが。


--------俺は自分が大嫌いだ。


今までずっと腹の底に溜めて我慢してきたのに。全部吐き出して、それを非のない家族にぶつけた。……俺は腐ってる。


「……………父さん………」


どうやったら立派に生きていけるんだ?すごい大人なんかになれなくたっていい。ただ誰も恨まずに傷つけずに。自分に誇りをもって。

そういうことが立派な大人っていうんだろ?父さんみたいにさ。でもさ、俺なり方がわからないよ。


俺たちを引き取るって決めたとき、いったいどういう気持ちでいたんだ?誰か一人くらい児童施設に預けた方がいいって友達に忠告されても、なんで誰も手放さないで育てようとしてくれたんだ?ささやかな贅沢すら出来なくなるってわかってたはずなのに、どうして俺たちを引き取ってくれたんだ?


何事もいつも静かに受け入れていた父さんみたいに、俺はどうやったらなれるんだ?


俺は父さんに会いたい。話を聞きたい。叱られたい。励まされたい。「大丈夫だ」って笑ってもらいたい。これからどうしたらいいのか相談したい。話がしたい。………ただ、会いたい。


「…………父さん………なんで死んじゃったんだよ…………」


さびしさだけじゃない。父さんを思う純粋な悲しみだけで泣けない自分がかなしい。

心の拠り所になっていくはずだった人と、もう永遠に会うことができない不安に押し潰されそうになって泣いていることが、ただただ悲しかった。





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