花と光と奏で

気づき

午前の授業が終わると同時に教室を飛び出した俺は、仙ちゃんの姿を捜した。

ネクタイ紛失について追及されなかったのが、俺の中でどうしても気になっていた。

あえて自分の首を絞めるようなことを、何で?と思う自分もいるのは確かで…
それでも聞いておきたい。と思う方が強かったのか…


「仙ちゃん」

少し離れた廊下の先に、見覚えのある後ろ姿へ俺は声をかけた。
その声に振り返った仙ちゃんは、俺の姿をとらえるとその眉尻を下げた。

「何か用か〜?」

明らかに面倒くさそうな仙ちゃんの声。
それに気づかないふりをして、疑問に思っていたことを俺は口にした。

「何で見逃してくれたワケ?」

俺がその質問をすることがわかっていたのか、仙ちゃんは苦笑を漏らし、

「見つけてくれたコに免じてだよ」
「は?」

予想にもしていなかった言葉をつぶやいた。

俺の驚いた様子には気に留めることなく、続けて、

「そのコの担任が俺の同期でね。お前の噂は知ってるし、話のわかるヤツってだけ。
だから今回の件は、他の先生達は知らないからな」

淡々と述べられた言葉に呆然とする。

「…………」
「まぁ、……今回は幸運と思っとけ。ったく、あくまでも学校だぞ。しかも中等部も利用する中央棟の図書室とは…
いくらお前でも度が過ぎるし、次はないからな」

仙ちゃんは冷静な目で俺を射ぬきながら肩を叩くと去って行った。
その背中を見つめ、仙ちゃんの今の言葉に感じた新たな疑問を頭に浮かべる。


──見つけてくれたコ。

“女?”

──中等部も利用する中央棟の図書室。

“何の根拠もない”



「仙ちゃん!」

俺が再びその名を呼んだことで、ピクッと肩を揺らした仙ちゃんがもう一度俺へと向き直った。

「まだ何かあるのか?」
「仙ちゃんの同期って?」
「あ?…三嶋先生だけど。“みしま”は高等部にもいるけど、山鳥の嶋な。中等部の三嶋雄大(みしまゆうだい)の方ね」


──中等部。


ドクンッ


その単語に俺の心臓が跳ねる。


「届けてくれたのは?」
「…女子だよ。3年の」


──中等部3年の女。


瞼の裏によみがえる姿。


「その女子って?」
「…………一…」

少しの間のあと、仙ちゃんが言葉を濁すのがわかった。
多分、俺の食いつき気味な口調から何かを感じたんだろう。

俺はハハッと軽く笑いながら、

「違うって」

それでも聞くことをやめなかった。

「あー………」

仙ちゃんは頭をガシガシと掻くように、何かを考えて俺へと真剣な目を向ける。

そして一人の名前を口にした。


「月瀬紫音」


ドクンッ


再び跳ねた俺の鼓動。
ただ名前を聞いただけなのに…


ドクンッ ドクンッ


まだ何の確証もないのに…

俺は自分の鼓動が何度も大きく跳ね上がるのを感じた。


「つきのせ…しおん…」


その名を繰り返し、つぶやいた。


「漢字は?」
「漢字って…お前…」
「教えて?」
「………………」
「下さい」

俺が丁寧に言い直したのを聞いて、仕方なくなのか、溜息をついた仙ちゃんは、

「天体の“月”に逢瀬の“瀬”で月瀬。“紫”に“音”で紫音。…わかってると思うけど、頼むから中等部にまで手をのばすなよ」

そう教えてくれたあと、俺に念を押すことも忘れなかった。


「まぁ……極力控えてくれ」
「……………」


"は?極力?……何だそれ。今言った念押し、意味ねぇじゃん"


仙ちゃんの気の抜けるような言葉にフッと笑みがこぼれた。

「あーーっ、やっぱダメ!今のなし。何情けかけてんだ、俺。
いいか、お前は中等部に近づくな!!以上!」

俺の様子に力一杯否定してきた仙ちゃんは、きっと“恋愛は自由だし”とか一瞬考えたんだろうな。
でも俺が笑ったことに我に返ったのかもしれない。


「だからそんなんじゃないって」


"今の笑いは仙ちゃんに対してだっての……"


「どうだか?
マジになるお前を俺は見てみたいけどな」

仙ちゃんは苦笑を混じえて意味深につぶやいた。

「おっと…今のは教師の発言じゃないな」

そう付け加えて、今度こそ俺の前から去って行った。


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