ポラリスの贈りもの
61、時の歯車

糸島に居るのに勝浦に居るような錯覚に陥り、
懐かしさに浮かれていた私に衝撃が走る。
ゆっくりドアが開き、部屋に入ってきた人物を確認する。
私は、夏鈴さんが入ってきた時と同様に驚きの声を上げた。



星光「えっ……」
流星「おー!狂犬。待ってたぞ!」
風馬「流星さん、突然過ぎですよー!
  こんな時間じゃ刺身にできる魚も限られてるし。
  えっ……星光!?」
星光「風馬」
風馬「お前、なんで福岡にいるとや!」
星光「……」
風馬「流星さん。これって」
流星「まぁまぁ。
  それは今からじっくり腰据えて話すってことで。
  大きな皿を持ったまま文句言ってないで座れ。狂犬」
夏鈴「そうよ、風馬くん。
  感動的な再会なんだから、座って楽しく話しましょうよ」
風馬「は、はい」
流星「星光ちゃんも」
星光「はい」


流星さんも夏鈴さんも、私と風馬の蟠りを解くように語りかける。
そんな二人の心遣いに感謝しつつも、
戸惑いながら風馬をちらっと見た。
風馬はというと、敢えて私と視線を合わせないようにしているのか、
複雑な表情を浮かべて話をしている。
風馬の左手の薬指には金の指輪が光っていた。
それを見た途端、ほんの少しだけ胸がキュンと痛んだ。
夏鈴さんと根岸さん、いちごさんと田所くん、そして風馬と寿代。
みんなの恋は、確実に前へ前へと進んでいるのに、
私だけ後退し、しかも潔く去ることもできずに足踏み状態。
まるで自分だけが取り残されているような、
心に隙間風が吹き抜けたような、
何とも言えない空しい気持ちに襲われる。




風馬の作った刺身の盛り合わせとお酒を囲んで、
CCマートの出来事や勝浦の撮影話で盛り上がる3人。
私は心の中で申し訳ない思いを抱えながら、
流星さんや夏鈴さんと話す風馬の声を聞いている。
そして夜11時を回った頃、風馬は立ち上がり、
流星さんと夏鈴さんに帰ると言って挨拶をすると部屋を出たのだ。
私は無言のまま風馬の後ろを歩き“なごみ”の駐車場まで見送った。
春の冷たい潮風が熱っていた頬に容赦なくあたり、冷たさを感じさせる。
そして再び、外灯の明りを捉えて仄かに光る風馬の指輪にも。



星光「風馬。寿代と結婚したんだね」
風馬「あ、ああ」
星光「そっか。おめでとう」
風馬「……」
星光「ん。風馬?」
風馬「俺のことなんかどうでもよか」
星光「えっ」
風馬「まだ逃げてんのか。七星さんから」
星光「……」
風馬「お前、冷たすぎるっちゃん」
星光「風馬」
風馬「お前のこと、本気で好いとる七星さんのことなんか、
  なーんも考えてなかろうが?」
星光「そ、それは違うわ」
風馬「いや、違わん。
  人のことなんか何も考えてなか。
  表面は考えとるフリしとるだけで何も理解できとらん。
  俺から言わせれば、
  星光は七星さんをただ困らせとるだけったい」
星光「……」  
風馬「俺は七星さんの気持ちがわかるから言うとるんやけど、
  俺や流星さんと違って、七星さんは追っかけてくれる人じゃなかぞ。
  本気であの人を愛しとるなら、
  もういい加減、黙って逃げていくような薄情なことはするな」
星光「でも、私……どうしていいかわからないの」
風馬「ん。どうしていいって何を」
星光「だって七星さんは偉大な人すぎて、私には……
  東京に行って彼に逢って、傍に居る間何度も思い知らされたの。
  人としても女としても自分の無力さを。
  七星さんは、私の居る世界とまったく違う世界の人なんだなって」
風馬「カレンさんのことや元カノのことを言っとるとか」
星光「それもある。
  彼女たちは七星さんと対等な立場で世の中を渡れる女性だもの」
風馬「ふん。対等ね」
星光「それに。カメラを構えて仕事をしてる彼の姿を見てると……」
風馬「まだそんなこと言っとるとや!
  そりゃ、当たり前ったい。
  そんなもん、俺たち一般人とは違う世界の人間だってことは、
  星光が七星さんと出逢った時から分かっとることやろう。
  お前が、元カノや雑誌に載ってたスキャンダルのことで、
  嫉妬心からそういうこと言うならまだ理解できるけどな。
  それでも七星さんのことを本気で想ってるなら、
  あの人が何を望んでるか分かるっちゃろ!」
星光「風馬にはわからないのよ!私だって辛いのよ」
風馬「そうか。
  だったら、七星さんはもちろん、
  これからは七星さんに関わる人たちとは一切接触するな!」
星光「えっ」
風馬「流星さんは七星さんの弟さんだ。
  夏鈴さんは根岸さんの奥さんで、根岸さんと七星さんは同僚だ。
  みんなと関わってたら、
  何らかの形で七星さんの情報は入ってくる。
  お前は七星さんのことが気になって仕方がないくせに、
  自分が傷つきたくないからって自分からは求めない。
  そして、七星さんから来てくれるって、
  ただ待っとるだけにしか俺には見えん」
星光「風馬」
風馬「流星さんや根岸さん達に頼っておきながら、
  いざみんなが手を差し伸べると辛いって言う。
  逃げたくなるくらい辛いって言うなら、
  もう七星さんに関わる人たちにも近づくな」
星光「……」
風馬「俺、お前にフラれてよかった。
  今のお前の気持ちを聞いて、
  星光が嫁さんでなくてよかったと思っとる。
  寿代は俺がどんなに軽くあしらっても、
  逃げずにずっと待っとったくらいバカ正直な女やからな」
星光「そ、そうよね。
  寿代は昔からずっと風馬一筋だったから、
  奥さんは寿代でよかったよ」
風馬「はーっ。お前、何も分かっとらんよ。
  こうやって話してても今の星光、まったく可愛さも魅力もなか。
  七星さんもお前と一緒じゃなくてよかったかもしれんな」
星光「風馬、ひどいな」
風馬「どっちがか。
  おい。いい加減自分の気持ちに素直にならんと、
  七星さんや流星さん、お前の周りの人間は誰ひとり残らんぞ。
  また一人であの崖っぷちに立つことになってもよかか」
星光「……」
風馬「俺、明日朝早いから帰るけん。
  元気でな、星光」


車のドアを開け、運転席に座ってエンジンをかけた風馬。
私を見ないままドアを閉めようとした彼の姿を見て、
私はまだ伝えてなかったある言葉を思い出し慌てて声をかけた。



星光「風馬!」
風馬「ん。何か」
星光「あ、あの、勝浦では黙って居なくなってごめんね。
  私の仕事の尻拭い全部させてしまって、本当にごめんなさい」
風馬「ふん。星光、頭下げる相手が違うったい。
  お前の尻拭いをしたのは七星さんやけんね」
星光「えっ。嘘……」
風馬「この場で嘘言ってどうするや。
  お前が抜けた後、現場のみんなに頭下げて、
  撮影で疲れとるのに毎日俺の仕事を手伝ってくれてたとぞ。
  俺が年内に福岡に帰れるように手配してくれたのもあの人だ。
  やからその言葉は俺じゃなく、
  フランスに居る七星さんに言うんやな」


驚く私に半ば怒りながらそう言い放つと、
見送りを遮るように風馬は車を走らせた。
静まり返った駐車場で私は返す言葉もなく、
ただ呆然と遠ざかるテールアンプを見つめ立ち尽くす。
想像以上に私の行いは北斗さんに迷惑をかけており、
申し訳ない気持ちが湧き起こった。
時の流れと共に取り巻く環境は変わり、
北斗さんも風馬も遠い存在に映る。
取り残された私は疎外感と深い寂寥感に囚われ、
冷たい潮風に晒された身体と心をより一層凍えさせていた。



(福岡県糸島。ゲストハウス『なごみ』2階、星光の部屋)

その夜。
流星さんは、はまぼうの間に宿泊し、
夏鈴さんは私の部屋で一緒に就寝した。
電球のついた薄暗い部屋の天井を眺めながら夏鈴さんと話す。


夏鈴「キラちゃん」
星光「ん?」
夏鈴「さっき見せてくれた七星さんの写真集だけどさ」
星光「うん」
夏鈴「あれって、まだ出版されてなくて、
  この世に2冊しかないんだってね」
星光「えっ」
夏鈴「もしかしてキラちゃんは知らないの?」
星光「え、ええ。流星さんにプレゼントだって渡されたの」
夏鈴「キラちゃんが風馬くんを送っていった時に、
  流星さんから聞いたんだけどね。
  キラちゃんが初めて撮った写真が載ってる本だから欲しいと思って、
  購入するのはどうしたらいいかって流星さんに聞いたの。
  そしたら、その写真集は出版前の試作品で、
  キラちゃんと七星さんしか持ってないって言われたのよ。
  それ聞いて思ったんだ。
  七星さんは本気でキラちゃんを求めてるんだなって」
星光「……」
夏鈴「あの詩と写真を見たらさ、
  なんだか私とひろが離れ離れだった時のこと思い出して、
  私ジーンときちゃった。
  七星さんとひろの心がリンクしてうるうるきちゃったよ。
  ひろが私を想ってくれてるように、
  七星さんも本気でキラちゃんを愛してるんだなってさ。
  大事にしないとね。
  その写真集も七星さんの想いも」
星光「夏鈴さん……うん。大切にする」
  

とことん素直じゃない私。
写真集の言葉のとおり、喉から手が出るくらい彼が愛おしく、
逢いたくて触れたくてたまらない。
彼に触れられた感触と彼の香り、優しい声に温かく広い胸を、
何度となく想い出してはあの頃に戻れたらと後悔してる。
そう。
足枷をして身動きを取れなくしているのは私。
風馬の言葉と夏鈴さんの言葉が古傷に染みて、
私は久しぶりに北斗さんの写真集を抱え、
布団の中で泣きながら夜を明かしたのだった。


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