ポラリスの贈りもの
24、息苦しくなるほどに

風馬「大好きなんだ。
  俺はこれからもずっと傍におるから」
星光「風馬(泣声)」
風馬「星光。これからは幼馴染としてじゃなくて、
  ひとりの男として俺のことを見てほしい。俺を……」


幼馴染で異性として今まで意識してこなかった存在。
正確に言うとそんな風に見れず、
風馬の気持ちを蔑ろにしてきたのかもしれない。
けれど、私を守るように抱え熱い言葉を発する今の風馬からは、
未だかつてない強さと男を感じさせていた。
腕の中から解放され、改めて向き合うと風馬は真剣な眼差しで口を開く。


風馬「いきなり男として見れないなら、北斗さんの代わりでも、
  お前の失恋の傷が癒えるまでの憂さ晴らしでもいいったい。
  お前が俺ときちんと向き合ってくれるなら」
星光「憂さ晴らしって、そういうわけにはいかないわよ。
  北斗さんとうまくいかなかったからって、
  寿代と結婚の約束をしてる風馬を代わりするなんて、
  そんなひどい事……」
風馬「ひさっちのことやら、今はどうでもよか!
  とにかく本気やけんね。真剣に考えてくれるか?」
星光「風馬。わかったよ。前向きに考えてみるから。
  もう!風馬にはかなわないな(笑)」
風馬「おしゃっ!じゃあ、俺、仕事あがりだから、
  一旦寮に戻って風呂入ってくるけん。
  夜、食堂で会おうな」
星光「うん」
風馬「星光」
星光「ん?」
風馬「もう泣くなよ。じゃあ、あとでな!」
星光「風馬!」
風馬「ん?なんか」
星光「ありがとう」
風馬「お、おお(笑)」


長年の思いが伝わったからか、無邪気にはしゃぎながら、
手を上げて去っていく姿を目で追いながら、
風馬の存在をありがたいと感じたと同時に、
いつの間にか心は落ち着きを取り戻している。
物心ついた頃から、いつも私の隣で当たり前のように居た人。
風馬が、自分の身の丈に合った相手なのかもしれないと、
なんだか安堵感と共に感じたのだ。



風馬の姿が見えなくなると、
私はバッグの中の携帯を取り出して開き見る。
何度も着信が入っていて、
履歴には『北斗七星』の名前ばかりがずらっと並ぶ。
ふーっと体中の傷みを吐き出すように、大きな溜息をついた。
すると、あたかも私の姿を見ていたかのごとく、
手の中の携帯は再びバイブ音を立てて光り出したのだ。
ドキッとした私は慌てながら、再度着信の文字を見た。


星光「北斗さん……」


鳴り止まない携帯をじっと見つめていたけれど、
私は意を決して携帯の受話ボタンを押した。
風馬に告白されたことで、
ちょっとだけ失った恐怖を拭えたからだろうか。


星光「もしもし」
七星『星光ちゃん。僕だよ』
星光「北斗さん」
七星『ふーっ。やっと繋がった』
星光「あの、何か」
七星『今日はせっかく逢えたのにごめん。
  あんな醜態までさらしてしまって、本当に申し訳なかった。
  それに君とやっと逢えたからね』
星光「北斗さん。もういいんです」
七星『もういいって?』
星光「北斗さんにあんな素敵な人が居るって知ってたら、
  福岡空港で言ってくれたことなんて信じてなかったのに。
  でも、こんな不甲斐ない私のことを命がけで救ってくれて、
  あの氷の要塞から連れ出してくれたのは北斗さんですから、
  それだけでも感謝しています。
  どうか涼子さんのこと、大切にしてあげてくださいね」
七星『は?何を訳わからないこと言ってるの』
星光「もう私のことはお構いなく……」



私は幸福荘に戻ろうと歩き出し、話しながら公園を出た。
そして玄関を見て、またもドキッとして立ち止まる。
門の前で携帯を持って立っている北斗さんの姿が居たのだ。


星光「なぜ。どうしてここに居るの……」
七星『約束したからだ。
  今日君と逢ってデートするって』


彼は私の姿を見つけて携帯を切ると、
こちらに向かって歩いてくる。
私は反射的にくるっと後ろを向いて、
足早に公園の入り口を入っていった。
北斗さんは走って追いかけ私の左腕をグッと掴んだ。
そして私を捕まえると逃げ出さないように、私の右肩を押え、
公園の樹に押し付けたまま、視線を反らさず私を目を見つめた。
その眼光は鋭くて、
私の心中まで見透かされてしまうかもと思えるほどだ。
今まで見たことのない北斗さんの姿を目の当たりにして、
私は小太刀の先を当てられたように緊張して身動きできない。 



七星「なぜ逃げるの!」
星光「浮城さんに5年前のクリスマスの話を聞いたの」
七星「だから逃げるのか」
星光「北斗さんとカレンさんのこと、そして涼子さんとのことも」
七星「で?どうして僕には何も聞かずに逃げるわけ?」
星光「だって!私の前であんな悲しそうな顔で、
  涼子さんを見つめる姿を見たら、私は逃げるしかないじゃない」
七星「ふっ(笑)なんでそうなるんだ。
  どうして君はいつも逃げることしか考えないんだ。
  どうして現実を受け止めようとしないんだ!
  君の前にはもう断崖絶壁の荒れた海はないんだぞ!」
星光「苦しいからよ!
  北斗さんのことを考えると息ができないくらい苦しくなる。
  カレンさんや涼子さんと居る貴方を見ると、
  自分がどんどん嫌な女に変身していく。
  北斗さんのことが好きすぎて、どうにかなっちゃいそうよ!
  ……あっ」

勢いにつられて本心をぶちまけてしまった私を、
北斗さんはいきなり自分の胸の中に引き寄せて、力強く抱きしめた。
私の熱くなった耳に彼の早くなった鼓動が伝わってくる。


七星「そっか。息ができなくなるくらい苦しいのか」
星光「あ、あの、私」
七星「そんな辛い想いをさせていたなんて、気がつかなくてごめんね」
星光「北斗さん……」
七星「ふっ(笑)参ったな。
  そのセリフ、星光ちゃんからも聞くとは思わなかったよ」
星光「えっ?」


北斗さんは、ゆっくり私から離れると私の頬に手をやってニッコリ笑いかける。
そしてベンチに私を座らせると、
5年前のクリスマスの真実をぽつりぽつりとした語り口で話しだした。



<北斗の回想シーン>


涼子「このままで居て」
七星「えっ(驚)でも」
涼子「お願い、お義兄さん。
  少しの間、このままで」
七星「涼子ちゃん(焦)
  こういうの良くないよ。
  もし、流星が見たら」
涼子「いいの。見られても。
  あの人は私を愛してないんだもの。
  家に帰ってきても、カメラと写真ばかり見て、
  私を見ようとしない。
  いつも仕事の話ばかりで……でもお義兄さんは違う。
  仕事があっても私にいつも優しくしてくれる」
七星「それは、涼子ちゃんが流星の嫁さんで、僕の妹だから」
涼子「カレンさんが好きなの?」
七星「カレン?」
涼子「彼女と付き合うの?告白されたでしょ?」
七星「えっ」
涼子「お義兄さんは私より、カレンさんに優しくするの?
  そんなの、いやよ(泣)」
七星「涼子ちゃん」
涼子「お義兄さん、私ずっと……
  ずっと前から私、お義兄さんのこと愛してるの」
七星「……」
涼子「だから……」


涼子さんの震えながら訴える言葉は止まり、
彼女の顔がゆっくりと北斗さんの顔に近づいていく。
涼子さんの唇があと少しで触れる距離になったとき、
北斗さんは右手で涼子さんの肩を押え動きを止めた。
驚いた表情を浮かべる彼女に教え諭す様に話し出す。


七星「君が本当に愛してるのは流星で、僕じゃないだろ?」
涼子「えっ(驚)」
七星「流星の気持ちを確かめたかった?
  僕と一緒に居るところをあいつが見れば、
  嫉妬して自分のことを見てくれると思ったのかい?」
涼子「私、そんなつもりなんて(焦)」
七星「涼子ちゃんは、流星が自分を構ってくれないから辛くて、
  寂しさから僕を頼ろうとしてるだけだ」
涼子「でも、私は」
七星「ふっ(笑)僕と流星は顔も声もよく似てるから無理もないが。
  ただ、あいつのほうが性格は激しいし、
  仕事に没頭している時は、何よりもカメラを優先する。
  だからきっと女性は物足りなさを感じるかもしれないけど、
  今の涼子ちゃんは、僕に流星との理想を投影しているだけだ」
涼子「お義兄さん。私……ごめんなさい(泣)」


お腹の上に座ったまま、両手で顔を覆い泣き出す涼子さんを見つめながら、
北斗さんは手に持っていたカメラをテーブルの上に置いた。
そして、まるで駄々っ子をあやす様に頭を撫でて起き上がり、
彼女を退かせてソファーに座らせようとしたのだけど、
泣きじゃくる涼子さんは北斗さんの胸に顔をうずめた。


涼子「お義兄さんの言うとおりです。
  私、流星さんのこと息苦しくなるくらい愛しています。
  こんなに人を好きになったのは彼が初めてで、
  彼に見つめられ触れられるだけで、心臓はバクバクして、
  このまま死んでしまうんじゃないかって思うくらい胸が苦しい。
  でも、彼は私のことをどうも思っていない」
七星「そんなわけないだろ?
  流星はいつも君のことを一番に考えて」
涼子「でも、彼の言動を見てると、本当に結婚してよかったのか、
  愛されているのか、自分に自信を持てないんです。
  結婚して同じ屋根の下にいて、同じベッドで眠ってるのに、
  なんだかとても彼が遠くに居るように感じてしまって、
  彼はいつか私の傍から居なくなってしまうかもって……
  私の中に根拠のない、漠然とした不安だけがあるんです。
  寂しくなっても、彼がこうやって胸を貸してくれることもないし」
七星「『寂しい』って、流星に話してみたかい?」
涼子「いいえ……お義兄さんは知ってることだけど。
  今回の写真集で絶壁での撮影や、ハンググライダーからの空撮、
  夜のスキューバー撮影もあったって聞いてます。
  うちに帰ってくると『俺が死んだらたくさん保険金はいるから、
  後のことは兄貴に頼んでおくから』って笑って言うんです。
  私はいつも、彼の前では強い女を演じないといけなくて。  
  それがどれだけ辛い言葉なのかなんて、彼は何も解ってないんです」
七星「涼子ちゃん」   
涼子「母が口癖のようによく言ってたこと、今頃やっと解りました。
  『本当の幸せは愛するより愛されることよ』って、
  今の私ってまさに、その真逆を地で行ってる」
七星「そんなことはないよ。
  何が本当の幸せなのかなんて、当人にしかわからない。
  愛されるほうが幸せなのか、愛するほうが幸せなのか。
  少なくとも僕は、愛するほうが幸せを感じるな。
  愛する人の為に動いてる自分が好きだし、
  彼女の微笑んでる顔を見るとホッとする。
  僕が彼女を笑顔にしてるんだって、
  それだけで幸せな気持ちになる。
  それでいいんじゃないだろうか。
  それと撮影のこと……本当に申し訳ない。
  僕らはクライアントに依頼されれば、
  どんな写真でも撮らなきゃならないんだ。
  良い写真を撮る為なら、身体を張ってでも撮影をする。
  雪山で何日も籠って、雪と同化して撮影することだってあるし、
  きっと君には理解できない行為だと思うけど、
  もし涼子ちゃんが不安なら、僕が流星に話してもいいよ」  
涼子「お義兄さん……ありがとうございます」
七星「さぁ、もう泣かないで。君の最愛の流星のところに行こう。
  その前に、叱られないようにカメラの点検をしてからな」
涼子「はい」


バン!(扉を開く音)


カレン「カズ!貴女、やっぱり」
七星 「カレン」
流星 「涼子!?…兄貴。涼子に何をした!」
涼子 「流星!」
流星 「涼子から離れろ!この野郎!」
涼子 「キャーッ!」


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