ポラリスの贈りもの
27、Return to Myself (取り戻した自分)

(北新宿、スターメソッド。三階撮影スタジオ)


私と別れた北斗さんは病院には行かず職場に向かい、
夏鈴さんの許から戻ってきた浮城さんと合流して、
流星さんの代わりに会社で撮影していた。
ふたりは楽しそうに今日あった出来事を語りながらカメラを構えている。


浮城「カズー。50㎜持ってねー?」
七星「持ってるぞ」
浮城「キャサリンちゃん。もう少しこっちみようか。
  そうそう!いいよー」
七星「ほら」
浮城「thank you!」


撮影を終えた北斗さんは大きなため息とともにカメラをおろし、
作業用デスクの椅子に腰かけると、
タワー型デスクトップパソコンの画面を眺める。
真剣な顔で、撮影した写真の確認作業をしているようだ。
それから数十分して浮城さんが撮影を終えて、
モデルさんと撮影スタッフ数名を出口まで見送った。


浮城「いやー。今日のキャサリンちゃん、本当に良かったよー。
  カズ、お疲れさん」
七星「おお。お疲れ」
浮城「あれ?それ、前の編集ラッシュ分だろ?
  今日の撮影分は編集しないのか?」
七星「ああ……。
  編集は流星が来てからするからいいんだ。
  (液晶モニターを見つめる)
  ん?これは……この間の夏祭りのだよな」
浮城「ああ、そうそう。
  写真展の後、宮司に頼んで旧神殿館を撮影させてもらったんだ。
  夏祭りが終わったら取り壊されるって聞いたからさ。
  14ブットRAW(ロー)。マニュアル、1秒、F/8。
  ピクチャーコントロール、スタンダード。
  ISO(イソ):100っとね」
七星「ふーん。ホワイトバランス5000K……
  いいじゃん。
  いつからこんなグラデーション豊かな作品を撮るようになった?」
浮城「お褒めの御言葉どうもです。
  それはですねー。
  恋をすると人は皆、芸術家にも演出家にもなれるのである!」
七星「ぶっ!あはははっ(笑)
  とうとう浮城陽立も恋を語るか」
浮城「ああ!いくらでも恋を語れるさー。
  この時俺は既に、稲妻に打たれたような出逢いがあったんだ」
七星「ん?出逢いって?誰」
浮城「仲嶋夏鈴に決まってるでしょ」
七星「仲嶋……えっ!!」


缶コーヒーを飲みながら、戯れるように話す二人の会話がスタジオに響く。
そこへ一仕事終えたカレンさんが戻ってきてドアノブに手をかけた。
しかし、彼女はすぐそのドアを開けずにじっとしている。
その表情は、ガツンと頭を殴られたようなショックから、
さながら稲妻のごとく鮮烈な怒りへと豹変していった。
そんな彼女とは裏腹に、ドアの向こうから、
北斗さんの叫び声と二人の笑い声が薄暗く冷たい廊下に響く。


七星「まさか」
浮城「そう、そのまさか。
  そして、お前のお蔭で俺は彼女に告白をしたんだ」
七星「告白!?あはははははっ!」
浮城「あははははっ……何がおかしい!」
七星「本気だったのか」
浮城「本気だ。悪いか!
  次の約束まで取りつけたんだ、この野郎」
七星「僕はてっきり、カレンに惚れてると思ったぞ」
浮城「そりゃー、カレンはいい女だけどさ、
  カレン嬢は昔からカズに惚れてて、手も足も出せないからな。
  諦めようと考えた時に、夏鈴さんが現れたわけだよ。
  あの時の俺は、右ストレート一発KO状態だったぜ」
七星「KOね(笑)それで?
  相手はお前のこと好きだって?」
浮城「それはまだ聞いてないけど。
  彼女の方から『日を改めてもっと別の場所で聞かせて』って、
  照れくさそうに言ってきたんだ。
  ハッピーエンドのテープカットは近いぜ」
七星「そっか。良かったな」
浮城「おお。俺さ、いつか夏鈴さんと一緒にパリに行って、
  ロベール・ドアノーの“市庁舎前のキス”ような作品を撮るんだぜ。
  『パリではいつでも、どこでも恋人たちが街角でキスをしている』ならぬ、
  『パリではいつでも、どこでも陽立が夏鈴にキスをしている』」
七星「あははははっ!ひとりで舞い上がり過ぎだろ。
  しかし、お前がドアノーねー」


カレンさんはドアにおでこをくっつけたまま、
動揺で震える身体を両手で抱えている。
そこへ、病院から戻ってきた流星さんがスタジオにやってきた。
ドアの前で身動きしないカレンさんを見つけるなり、
不思議そうな表情を浮かべ、彼女に近づき肩を軽くたたいた。
カレンさんは流星さんの登場に驚き、
声をかけようとする彼の口を手で塞いだ。


流星 「なっ」
カレン「しーっ(小声で)声出さないで」



浮城「なんだよ!さっきから人のこと茶化してばかりだけど、
  お前のほうはどうなんだよ。
  星光ちゃんとは。うまくいったのか?」
七星「えっ。僕のことはいいだろ」
浮城「よかないだろ!
  お前のせいで、俺はぶん殴られたんだからな」
七星「まぁ、おいおいにな。
  しかしなんで殴られた(笑)」
浮城「塩田風馬とかいう店員。
  俺が星光ちゃんをナンパしたって勘違いしてさ……誤魔化すな!
  俺と結婚しようって言ったか?」
七星「は?何言ってんだ。
  言うわけないだろ。
  (風馬って……まさか、彼が東京に来てるのか。
  しかも同じ店ってどういうことだ)
  今度、神道社長に面会させるからな。
  そのことを伝えてきた」
浮城「そうだったな。今度の恵比寿の斡旋だよな」
七星「ああ。恵比寿で初仕事させるんだ」



突如としてでた私の名前と斡旋の話で、
昂っていたカレンさんの身体はいっそう熱くなっていく。
その異様とも取れるカレンさんの様子に、
状況を飲み込めない流星さんはただ首をかしげるしかない。

カレン「恵比寿って、何故……」
流星 「カレン。なぜ中に入らないんだ」


煮えたぎったような熱い感情が頂点に達したカレンさんは、
とうとう目の前のドアを思いきり開けた。
いきなりのカレンさんの登場にびっくりしている北斗さんと浮城さんに、
つかみかかるように怒鳴りながら怒りをぶちまけたのだ。


カレン「何故あの子を恵比寿に斡旋するの!」
浮城 「カレン!
   何故って、なんでカレンが星光ちゃんのこと知ってるんだ?」
カレン「貴方たちのばかばかしい会話が聞こえたからよ!」
七星 「カレン。流星も一緒か」
流星 「お疲れ。いや、俺は今来たところで、カレンは」
浮城 「なんだ、盗み聞きか。失礼だぞ」
カレン「失礼なのはどっち!
   なんでチームで行動してるのに、
   こんな大事なこと私に知らせてくれないのよ!」
七星 「神道社長と会ってから話そうと思っていた」
カレン「会ってからってことは、もうスタッフになるってことでしょ!
   私は絶対反対だからね。
   あんなカメラのことも分からない、
   遣えないド素人入れてどうするの!」
七星 「彼女はスタッフじゃない。
   モデルなんだ」
カレン「モデル!?カズ、おかしいわよ。
   モデルなんてもっとド素人じゃない!」
浮城 「カレン、ちょっと落ち着けよ!」
カレン「うるさい、陽立!」
七星 「カレン」
カレン「スタッフでもモデルでも無理よ!」
七星 「もう決定なんだ!」
カレン「こんなの公私混同じゃない!
   カズはただあの子と居たいだけでしょ」
七星 「ああ。彼女と居たいね。
   君よりは素直で物分りがいいからな」
カレン「……」
流星 「兄貴。ちょっと言い過ぎだって。
   カレンも少し冷静になれよ」
浮城 「そうだよ、カレン。
   カズは公私混同してる訳じゃないんだって。
   神道社長からの要望と星光ちゃんの条件が合ってたから、それで」
カレン「社長があの子に要望!?
   ふん。神道社長も落ちたものね」
七星 「公私混同してるのはどっちだ。
   そんなことも理解できないなら、お前は恵比寿の仕事から外す。
   今夜の画像編集もしなくていいから、もう家に帰れ」
浮城 「カズ、言い過ぎだって!」
カレン「分かったわよ……帰るわ」
流星 「カレン、感情的になるな。
   二人ともこれから編集と現像作業があるだろ」
カレン「私は、こんなに貴方のことが好きなのに、
   こんなに長い間、貴方だけを思ってきたのに……
   カズとなんか二度と仕事しないわ!」
浮城 「カレン!」


カレンさんは涙を浮かべ、
全身から火花をぱちぱち発しながら反論していたが、
北斗さんの一言で一気に堪っていた涙をこぼし、
魂を絞りだすように呻く悲しげな叫び声とともに、
スタジオから飛び出していった。 


流星「兄貴、少しはカレンのことも考えてやれよ」
七星「仕事は仕事だ。
  いつも私情を絡めてくる奴とは行動できない」
流星「それは兄貴がはっきりカレンに答えを出してやらないからだ。
  5年前もそうだっただろ。
  それがキッカケで俺たちも仲違いになったんだ」
七星「……」
流星「それに、今回俺を日本に連れ戻したのはカレンだ。
  そのお蔭で涼子とも元鞘になれたんだ。
  俺は少なからず、彼女に感謝している。
  なぁ、兄貴。
  兄貴もそろそろ5年前のトラウマにピリオド打ったらどうだ。
  もういい加減、本心を言って解放してやれよ」
浮城「そうだな。俺も流星の意見に賛成だ。
  今から追いかければ、駐車場で捕まえられる。
  言ってはっきり振ってやれよ」
七星「……わかった。
  行ってくるからあと頼む」
流星「ああ」


流星さんと浮城さんに説得される形で後を追うことにした北斗さん。
彼自身、5年前の事件を振り返り、
少なからず落ち度があることは自覚があった。
涼子さんの姿を通して、誤解のまま放置することの虚しさと、
悲しみを傍で見ていただけに、北斗さんの駆ける足の速さは、
さながら自己嫌悪を振り払うかのようだった。
スタジオを出て勢いよく階段を駆け下り、カレンさんの後を追って、
スターメソッドの社員駐車場に向かった北斗さんは、
肩で息をしながら駐車場の出入口手前で彼女を背後から捕まえた。
彼女は激しく抵抗し、北斗さんから逃れようと力ずくで振り切ろうとしている。


七星 「カレン!」
カレン「離して!カズなんか大っ嫌いよ!」
七星 「カレン。僕の話を聞いてくれないか」
カレン「話なんか聞きたくないわ!」
七星 「カレン、すまない。
   僕は、濱生星光に惚れてるんだ」


この言葉でカレンさんの動きはピタッと止まり、
抵抗するのをやめる。
北斗さんはカレンさんの腕を掴んだまま、
彼女の背中に向かって話を続けた。


七星 「先日行った福岡の撮影途中の出来事だった。
   断崖絶壁に立っていた彼女を救った時、
   僕は久しぶりに人の温もりと、必死で生きている鼓動に触れた。
   流星が居なくなって君も知ってのとおり、
   僕は5年前から仮死状態だったからな。
   彼女と今の自分が重なって見えたんだ。
   ずっと僕の宝物だった、光世から貰ったD800を投げ捨てでも、
   彼女を救いたいと思ったんだよ」
カレン「止めて……」
七星 「彼女を抱きしめた時に決めたんだ。
   僕ももう一度、生き返ることができる。
   再起を掛けて前を向けるって」
カレン「もうやめてったら。聞きたくないわ」
七星 「だから、僕はカレンの気持ちには応えられない」
カレン「カズ、もう放して……」
七星 「でも、流星と涼子ちゃんを救ったのは君だ。
   僕ができなかったことを君が遣ってくれた。
   だから心から礼をいうよ。
   カレン、本当にありがとう」
カレン「止めてったら……」


カレンさんはその場にしゃがみ込み泣き崩れた。
北斗さんは、力ない彼女の両肩に手をかけて、
その場に膝摩づくと後ろから優しく抱きしめたのだ。
カレンさんの頬に黒い涙がとめどなく流れたのだった。

(続く)


この物語はフィクションです。
< 31 / 121 >

この作品をシェア

pagetop