ポラリスの贈りもの

37、新人たちの奇襲

北斗さんと風馬との関わりを同時期に無くしてしまった私の日常は、
全ての景色、そして時間がスローモーションのように動いている。
悶々とした晴れない心持のまま、義務的に検品作業を熟していた。
北斗さんはもちろん、流星さんからもあれからまったく連絡がない。
しかも、退社の日にちは刻一刻と迫り、
私の決断もそろそろタイムリミットに差し掛かっていて、
明日には岡崎店長に、
CCマートに残るか辞めるかの返事をしなければならなかった。
そこへ……


(豊島区南長崎、CCマート店内)


夏鈴「キラちゃん、大変！」
星光「夏鈴さん、どうしたの？慌てて」
夏鈴「風馬くんが会社辞めちゃった！」
星光「えっ！」


私は売り場を走る夏鈴さんの後を追いかけて事務所に向かった。
ドアを開けて入るなり、私はタイムカードのある場所を見たのだ。
そこには風馬のカードはなく、
ホワイトボードに書かれていた社員の欄も、
風馬の名前だけが消えていた。
そして、デスクの上にはきれいに畳まれた風馬の制服とエプロン、
その上に写真入りの名札が置いてある。
私達は呆然と立ちつくし、言葉もなく風馬の制服を見つめていた。
その姿を見てデスクで事務処理をしていた岡崎店長は、
堪り兼ねて声をかける。
そして風馬が先月末で退職し、
1日朝の新幹線で福岡へ帰った事実を話してくれたのだ。
その日の夕方。


(CCマート社員寮、幸福荘食堂)


夏鈴「店長ったらひどいよね？
　　もっと早く本当のこと話してくれてたら、
　　風馬くんときちんと話できたのに」
星光「きっと、風馬が言うなって口止めしてたんだと思う」
夏鈴「そうよね……風馬くん、例の婚約者と結婚しちゃうのかな」
星光「うん…。寿代との約束だからね。
　　はぁーっ。私、どうしたらいいんだろう。
　　仕事の返事も明日の朝、店長にしないといけないし」
夏鈴「うん。まだ連絡ないの？北斗さん達から」
星光「うん……
　　このままここに残って働いたほうがいいってことなのかな」
夏鈴「私はそうしてほしいな。ずっとキラちゃんと一緒に居られるし」
星光「うん。私も夏鈴さんとはずっと一緒に居たいよ」
夏鈴「あーっ。キラちゃん、全然食べてないじゃない。
　　しっかり食べないとだめだよ」
星光「そういう夏鈴さんだって、全然食べてないよ。
　　しかもうどん、のびちゃってるし」
夏鈴「そうよね。二人ともねぇ……」
二人「はぁーっ！」


しかし、夏鈴さんはいきなり何かを思い出したのか、
私の顔を覗き込んで、ニッコリと微笑み私の手を握った。


夏鈴「ねぇ。こういう時は気晴らしがいちばんいいよね！」
星光「気晴らし？」
夏鈴「そう。
　　実はこの間、北斗七星さんの弟の流星さんって人が店に来て」
星光「ああ。うさぎちゃんね……」
夏鈴「ん？うさぎちゃん？」
星光「いや、何でもないです(笑)」
夏鈴「浮城さんが今度の休みの日に撮影現場がある、
　　千葉の勝浦まで遊びにおいでって、招待状と許可証をくれたのよ」
星光「そうなんだ。
　　(流星さんの言ってた、浮城さんからの頼まれごとってこれか)」
夏鈴「それで、ちょっと興味あるし、
　　今度行ってみようかと思ってて」
星光「そう(笑)いっておいでよ」
夏鈴「だたさー、ちょっとトラウマがねー」
星光「トラウマって？元彼のこと？」
夏鈴「うん……」


夏鈴さんは元彼でカメラマンである、
桑染洋史さんとの馴れ初めや想い出話をしてくれた。
彼女が桑染さんと出逢ったのは、
モデルのバイトをしていた時のようで、
撮影していたカメラマンが彼で、
それをキッカケに付き合うことになったらしい。


夏鈴「ほら、編み物や洋裁の実用書ってあるじゃん。
　　そのボディパーツ写真のモデルをしてたの」
星光「ふーん。そっかぁ。すごいなぁ、モデルなんて」
夏鈴「モデルっていっても顔も全身も出てないから(笑)
　　森の中で帽子かぶってニットきて横を向いてたりさ、
　　ベンチに座って編み物をしながら笑ったり。
　　あの時は、洋とラブラブですごく幸せだったから、
　　撮影現場なんていったら思い出しそうで……」
星光「夏鈴さん」
夏鈴「そこで！キラちゃん、付き添いで一緒にいかない？
　　大好きな北斗さんにも逢えるよ」
星光「えっ。それは……」

次から次へと容赦なく襲い来る試練の波に、
私の心は今にも溺れそう。



北斗さん達が撮影を始めてから二週間が経ち、
勝浦では着々と撮影が進められていた。
東さん率いるスターメソッドD・B・P撮影部と根岸さんを入れて23名。
臨時募集で集まった５人が昨日から新たに加わり、総勢で28名となる。
そしてこの日から、A、B、Cと、3チームに分かれて、
交代で水中撮影が行われることとなった。
スタッフが宿泊している海岸沿いのペンションと、
撮影のために半年間借りている海に面した別荘はどちらも、
まるで外国のビーチにでも来たような立派な建物だった。
リビングの壁には、今回の撮影スタッフの名前、役割とスケジュール、
ペンションと別荘各部屋の割り振りも書かれたボードが掲げられている。
これを見れば、誰がどこに滞在しているか一目瞭然にわかるのだ。


水中撮影を終えて海から上がってきたAチームの北斗さんたちは、
スキューバーのスエットスーツを上半身脱ぎ、
カメラとスキューバー道具を持って、海岸に面する別荘の庭へ向かう。
そして、外部が見渡せるテラスで、撮影したばかりの画像を見ていた。


流星「お前、若いのにやるなー。
　　このアングルなんかばっちりじゃん」
田所「ありがとうございます！」　
流星「名前なんて言ったっけ？」
田所「田所駿(たどころしゅん)と言います」
七星「田所は今、どこで仕事してるんだ？」
田所「僕はフリーで仕事してて、時々親父の写真館を手伝ってます」
浮城「フリーかぁ。水陸両刀撮影できるのにもったいないなぁ。
　　こんないい映像撮れる腕持ってるんだから、
　　うちで仕事すればいいのに」
流星「そうだな。この撮影きっかけにうちに来いよ。
　　東さんも居ることだし、もっと実力出せるぞ」
田所「ありがとうございます。
　　第一線で活躍している皆さんにそう言って貰えて光栄です！」


三人は関心しながら、彼が撮影した写真を次々と見ていた。
田所くんは赤面し照れながら頭を撫で、
現場全体を見渡して撮影の醍醐味を満喫している。


田所「でも、すごいですよねー。
　　こんな大きなペンションと家を貸し切って撮影を敢行できるなんて。
　　さすがスターメソッドだなー。
　　あれ？……あの人……酒枝さんだ」
七星「ん？田所、どうした？」
田所「酒枝さんもここの社員だったんですかぁ」
七星「酒枝？」
流星「根岸と話しながらカメラ触ってるあの黒のジャケットの男？」
田所「はい」
浮城「どれどれ？ZUIKOのED300mmを持ってるあいつ？」
七星「彼はうちの社員じゃない。
　　君と同じで今回の臨時募集で雇われたんだ」
田所「そうでしたかぁ。
　　前のロケでも一緒だったから、てっきりそうかと思って」
流星「前のロケ？お前、他にもこういう撮影やってたの」
田所「はい。きっとその経験があったから今回合格したんだと思います」
七星「それってどんな撮影だったんだ？」
田所「5年くらい前の宮崎の撮影で潜ったんですよ。
　　僕、その当時は宮崎の大学にいたんで、
　　黄金通信社のアルバイトで撮影に参加してたんです。
　　その時に一緒に潜ったのが酒枝さんで、
　　そういえば、スターメソッドのカメラマンさんも数人いました」
流星「えっ！」


北斗さんと流星さんは驚いた表情で顔を見合わせた。
それは言葉を掛け合わなくても、
お互い何を言おうとしてるか感じ取れている。


流星「宮崎で黄金の仕事だったら、俺たちもその時に居たぞ。
　　あんな奴居たか？」
七星「んー。記憶にないな」
田所「酒枝さんが現場に居たのは４日間で、
　　すぐ東京に帰りましたからね。
　　印象が薄いのかもしれないですね」
流星「４日って、宮崎では１ヶ月の撮影で滞在してただろ」
浮城「あいつ。臨時で入ってきた割には、
　　いやに親しそうに根岸と話してるじゃないか。
　　しかしこうやってじっと観察してると、
　　みんな怪しく見えてくるよなー」
流星「田所。今夜、酒枝のことと宮崎の撮影の話、
　　俺たちに詳しく聞かせてくれないか」
田所「はい。いいですよ」
山下「七星さーん。
　　Aチーム皆さん、休憩して食事に入ってくださーい！
　　撮影はCチームが引き継ぎますからー！」　　
七星「おお！よし。着替えて食事するぞ」
浮城「へい！あー腹減ったー」
流星「よし！飯飯！」

Aチームの面々は道具を再び持つと、
屋外に設置されているシャワールームに向かった。
田所くんという無邪気で初心な青年が、
中枢的な役割を果たすとも知らずに。


(２ページ目へ)