ポラリスの贈りもの
38、スーパーストーム

新人を連れて玄関を開け、声をかけた東さんと、
深々と頭を下げてはっきりした口調で挨拶をする新人の声に、
北斗さんと流星さんは、パソコンの画面から視線を外して、
入口の二人に目を向けた。
その男性の姿を見た途端、北斗さんは目を見開いて驚愕した。


東 「七星、流星。新人を連れてきたぞ」
男性「今日からお世話になります!」
流星「おお!よろしく!」
東 「彼は北斗流星カメラマン。
  奥にいるのは、知ってるんだったな」
男性「はい!北斗七星さん、お久しぶりです」
七星「君!……何故、ここに居る」
流星「え?兄貴、この人を知ってるのか?」
七星「……」
東 「七星、どうした?」


鋭い眼光で北斗さんを直視し、堂々と胸を張り挨拶をする男性。
吃驚仰天の北斗さんの表情を見て、
東さん、流星さん両人も二人の関係に懸念を抱く。
そこへ、買い出しから帰ってきた浮城さんと田所さんが、
ドアを開けて入ってきたのだ。


浮城「ただ今帰還しました!
  あれ、どうしたんだ?
  みんなこんな所で突っ立って……
  お前!塩田風馬じゃん!
  なんでここにいるんだ!」
東 「なんだ?陽立も彼のことを知ってるのか!」
浮城「知ってるも何も。
  初対面でいきなり殴りかかってきた奴ですから忘れませんよ。
  好きな女の為なら危険も厭わないだったっけ?なぁ」
風馬「はい(笑)その節はすみませんでした」
流星「浮城さんが話してた狂犬って彼のことか!」
浮城「カズ、どうしたんだ?顔色悪いぞ!」


そう。
臨時募集の新人とは、11月1日に福岡に帰ったはずの風馬。
風馬は新幹線の中で読んだ雑誌で撮影のことを知り、
新横浜で引き返し東京に戻った。
そしてその足でスターメソッド本社に向かい東さんと面談したのだ。
その場の空気をすぐに察知した東さんは田所くんに指示を出す。
流星さんは気掛かりでずっと北斗さんの様子を窺っていた。
気まずい雰囲気がリビングの中に充満する。


東 「田所。その荷物全部、キッチンに運んどいてくれ」
田所「は、はい」
東 「まぁ、お前たちにしか分からない事情があるんだろうが、
  仕事中は私的なことはご法度だ。
  塩田くんもそこはしっかり守ってくれ」
風馬「はい。わかりました」
東 「お前もわかってるな、七星」
七星「ああ」
東 「よし。
  じゃあ、流星は田所と編集作業の続きをやっててくれ」
流星「はい。おーい、田所。そこ終わったらこっちに来いよー」
田所「はい!」
東 「それから陽立は、塩田くんに現場と宿舎の案内と、
  今後の撮影スケジュール、作業内容を教えてやってくれ」
浮城「はい」
七星「じゃあ、僕は編集の続きを」
東 「七星、お前に話がある。
  今から二階の僕の部屋にきてくれないか」
七星「ああ。分かった」

東さんが重い空気を解消するように北斗さんに話しかけたその時、
ドアが激しく開くと同時に、
血相を変えたスタッフがひとり飛び込んできた。


バン!(ドアを開ける音)


竹田「東さん、大変です!
  カレンさんと水野さんが溺れて!」
東 「えっ!?」


開け広げられたドアの向こうからは、
皆の騒がしい声と女性の悲鳴が微かに聞こえくる。
東さんと北斗さん、流星さんはそれが聞えたと同時に、
外へ飛び出し現場に走り出す。
そのあとを追いかけて、浮城さん、田所くん、風馬の三人が続いて、
撮影現場である岩場に向かった。



(岩場の撮影現場)


現場は緊迫状態で壮絶な光景が目の前に広がっていた。
そばで見ている女性スタッフ数名は恐怖で震え、泣いている者もいる。
人だかりの先には海から引き上げられて、
ぐったりしたカレンさんが横たわり、
必死で人工呼吸と心臓マッサージする根岸さんと佐伯さんがあった。
その姿を見た北斗さんと流星さん、浮城さんはカレンさんに駆け寄る。


流星「それじゃだめだ!頭を低い海の方に向けろ!」
佐伯「呼吸が停止して意識がない!」
流星「レギが外れたのか!」
佐伯「わからない!
  海中でパニック状態になってたんだ!」
根岸「くそっ!!脈が取れない!」
七星「根岸、代わろう!引き上げてから何分経ってるんだ!」
佐伯「7分くらいだ。はぁはぁ。
  俺がついててすまない。はぁはぁはぁ」
七星「(胸骨を圧迫しながら)カレン!戻ってこいっ!」
浮城「どうしてこんなことになったんだ!?」
根岸「たぶん、はぁはぁ!
  パニックでオーバーブレス(過呼吸)を起こしたんだ!」


北斗さんたちはカレンさんの頭を低い方に向け、体位を素早く変える。
肺に溜まっている海水の喀出を促すように、心臓マッサージを続けた。
根岸さん、佐伯さんと交代した北斗さんと流星さんは、
カレンさんに声をかけながら、
水の排出と人工呼吸に心臓マッサージ(胸心強打震)を繰り返し行う。
胸骨を圧迫すると、
力をなくしたカレンさんの口から海水が溢れ出している。


カレンさんの横では、水野さんが別のスタッフに心肺蘇生されていた。
東さんと田所くん、風馬も、香田さんと浦本さんに駆け寄ると、
代わる代わるに手際よく蘇生を行う。
浦本さんに手足を上げてもらい、
風馬はバスタオルで水野さんの手足の付け根を縛った。
皆が代わる代わる心臓マッサージを続ける。


東 「水野!しっかりしろっ!」
風馬「こっちはどのくらい経ってるんですか!」
浦本「カレンさんの後に引き上げたので」
風馬「そのバスタオルとって!」
浦本「はい!」
風馬「縛りますので手足をあげてくれますか!」
田所「東さん、代わります!」
東 「塩田、末梢への送血遮断か!良く知ってたな!」
風馬「はい。以前友人の医師に教わったので」
田所「水野さん!しっかりっ!」


数分後、二台の救急車のサイレンが聞こえてきた。
田所くんが息を吹き込んだとき、
水野さんの口から「ふー」と溜息が漏れる。
彼は息を吹き返し、飲み込んだ海水を吐き出した。
そしてカレンさんも、そのあとすぐ意識を取り戻し、
むせて苦しそうにしている。
二人の動く姿を見た途端、みんなの拍手と歓声があがり、
数名が持ってきた毛布をかけて、ふたりの体をこすりながら温める。
それを見届けた北斗さん、流星さんは大きな溜息をつき、
ぐったりしてその場で崩れるように座り込んだ。
東さんと田所くんも、
はぁはぁと息を弾ませながらも安堵の笑みがこぼれる。
まさに北斗さんたちの手で救命の連鎖が行われ、
仲間の命が救われた瞬間。
カレンさんと水野さんは意識はしっかりしていたけれど
大事を取って救急車搬送で病院に向かい、
検査を受けることとなった。

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