スターチス
約束
「それでは大変長らくお待たせいたしました。これより、新郎新婦がご入場なさいます。どうぞ、ご入場口にご注目ください。新郎新婦、ご入場です!」

カチャッという扉を開ける音と、結婚式をより一層盛り上げる曲がかかったのは、ほぼ同時であった。
今日は、私の友人である高野爽の結婚式である。
「結婚かぁ…」
深いため息がでる。私、まだ独身だし。

爽の奥さんになる人(めぐみさん)は、会社の取引先の人だったらしく何度か顔を合わせるうちに食事に行くようになり、親密になったらしい。ウェディングドレスをきためぐみさんはとても綺麗で、隣を歩く爽もまたいつものスーツ姿とは違い、いつもお昼休憩に午後の紅茶をおごってくれるような人には見えない。

「はぁ…もう、26かぁ〜」
司祭が聖書を朗読している間、私はこんなことを考えていた。仕事に夢中になって、色恋沙汰は、後まわしになっていたことを後悔する。結婚の誓い、指輪の交換、誓いのキス-…その時、
胸が、心がぐにゃっと何かで踏み潰されたような感覚におちいった。
爽が、めぐみさんのベールをあげて優しくそっとキスをしただけなのに。
見ているのが辛いのはなぜなのか。

それは、1週間前-…
「やっと、休憩だ〜。はい、午後の紅茶買ってきたよ、美結」
「あ、ありがとう」
公園のベンチで、二人で座る。保険会社の営業をしている私と爽は、こうして外で食べたり飲んだりすることが多い。
「美結とペアだとほんと、仕事がやりやすいよ」
爽は、缶コーヒーをほほにくっつけて笑顔で言う。
「そう?まぁ、お客さんと話したりするの好きだからね。爽こそ、今日はうまくできてたじゃない。」
同僚だけれど、少しだけ上から目線になってしまうのは私の癖だ。
「ほんとに思ってんのかよっ」
「思ってるって。ナイスバディって感じ?」
「ナイスバディって、古くない?」
んなことないっしょって笑って、そんなどうでもいい会話をすることが、会社に行く楽しみでもあり、いつも営業成績をトップにする秘訣でもあった。
けど、ある時。私は爽と喧嘩をした。
書類を提出してと言ったのに、爽がなかなか持ってこず、先輩である裕介さんとくだらないことを話し込んでいたからだ。
「ねぇ、いつになったら出してくれるのよ!怒られるのは、私なのよ!」
「まぁまぁ、怒らないでよ。美結ちゃん。今、男のロマンについて話し合ってるとこだからさ。」
いらっとする。ただでさえ、ストレスがたまっている時にこういう空気の読めない発言は特に。
「ごめん!すぐ作ってだすから!」
私はわかっていた。裕介先輩は、女性社員から圧倒的な支持をされていて、関係を持っている人は半分もいると言われている人である。きっと、その自慢話を爽に話していたのであろう。
だけど、午前中からろくに仕事もしないで話し込んで、挙句の果てに書類も全然出さない。今日は、早く帰って明日の爽の誕生日のためにプレゼント買いに行きたかったのに。もう、8時だ。
「いい加減にしてよ!」
私は、持っていた大量の印刷紙を宙へ放り投げて怒った。
「2人でやる仕事でしょ?今日、半日何してたのよ。営業成績、私と爽のペアでトップ?バカ言わないでよ。あなたが何したって言うのよ。全部、私の成績でしょ!」
思っていない言葉が、口から流れるように出る。爽の顔に陰りが見える。
「ちょっと待ってよ、確かに美結には助けてもらうことが多かったけど、俺のことそんなふうにできない奴ってずっと思ってたの?」
違うの、思ってないんだよ。ごめんね。の一言が今の私には言えない。
「そうよ、できない奴だと思ってたわ。さっさと書類出して。出したら、帰って。」
辛辣な言葉だけを残して、立ち去ろうとした時大きな声で、拳を強く握りしめながら私の目を見て爽は言った。
「それは、悪かったな!できない奴で。美結はさ、俺よりかっこよくて要領も良くて、綺麗で仕事ができる奴だよ。俺のことを頼ってくれたこともなくて、唯一午後ティー買うくらいで、俺がいなくても仕事できるんだよな。悪かったよ、足引っ張って。明日から、ペア変えてもらうから。書類、もう少しだけ待ってて。」
「わかった。」
力のない声で、私はそっけなく返事をして爽に背中を向けた。

甘え上手な女の人はモテる。八方美人だろうと、愛嬌があれば可愛がられる。男の人をすごいとか、さすがって褒める人は可愛いって思ってもらえる。どれも、知ってる。だけど、私は違う。甘え上手でもなければ、八方美人でもない。機嫌が悪ければ、言葉遣いは荒くなるし、ストレスが溜まったらお酒の力で忘れる。男なんて、バカばっかりだと思ってるから褒めるなんてできない。
だけど、爽だけは違うって思っていた。
「今日、髪型ちがうじゃん。可愛い!」
「あーもー、だから飲みすぎだって。」
「なんかあったら、頼ってよ。」
ありのままの私を受け入れてくれる、そんな人だと思っていた。だから、誰よりも信じていたし好きだった。
目に薄い膜が貼る。なんであんな事言っちゃったんだろう、こんな自分が嫌になる。

「はい、書類。遅れて本当にごめん。」
背中越しに聞こえる、爽の声に私はうなづいて手を出した。
「よろしく。」
軽く書類をつかんで、ありがとって言ってサヨナラをするはずだったのに…

「なんで泣いてんの。ごめん。俺のせいで。」
後ろから、抱きしめられる。強く。耳にかかる爽の息に私の心臓はさっきよりも強く、跳ね上がる。
「ちょっ、何するの…」
「こっち向いて。」
涙で濡れた顔を、爽へと向ける。そして、二人の顔が近づく。
何度も重ねる。唾液が落ちる。
そのまま、私は体を爽へと預ける-…
「約束、してほしい。」
はぁっはぁっと、とぎれとぎれに言う。
唇に、私のグロスがついている。キスしたんだと改めて実感する。
「ん…何?」
「これからも、ナイスバディって言ってよ。」
それは、同僚としてなのか違う意味なのか。そんなことを考えてる余裕もないほどに、絡み合っている舌も手も離すことが出来なかった。
「わかった…言う。言うわ。」
誰もいない部屋に、パソコンと机と椅子。
私と、爽。
初めて体を重ねた。
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