また、部屋に誰かがいた
手ぶらになってしまったが、とりあえず祖母の家に着くと、
「あら沙也加ちゃん。いらっしゃい。」と祖母は優しく彼女を出迎えてくれた。
パンのことを知らない祖母は沙也加がただ遊びに来てくれたと思い、ジュースを入れてくれた。

「おばあちゃん、最近、体はどう?」そう尋ねる沙也加に

「わたしを気にかけて来てくれたのかい?優しい子だね」相変わらずの優しい笑顔で祖母は答えた。
「優しい子だね。これからも優しいままで…」それは祖母が口癖のように彼女に言う言葉だった。

「そう言えば、この前もらったパン美味しかったって、お母さんに伝えてね」

それを聞いて沙也加は胸が痛んだ。
大好きなおばあちゃんに隠し事をして、嘘をついてしまっていることが後ろめたかったが、「実は今日もパンを持ってきたんだけど、途中で犬にあげちゃった」とは言い出せなかった。

(また、お母さんに頼んでパンを焼いてもらおう。そして、今度はちゃんとおばあちゃんに食べてもらおう)

沙也加は、そんなふうに考えていたが、それから数日後、急に体調を崩した祖母は、そのまま他界してしまったのだった。


優しかった祖母の死に、幼かった沙也加は大きなショックを受け、泣いた。
そして、あの日、祖母にパンを食べさせてあげられなかったことと、本当のことを正直に言えなかったことを後悔した。夜、布団に潜り込んでからも沙也加は涙を流した。

「おばあちゃん…ごめんね…ごめんね…」

そんな沙也加の部屋に、この世のものではない誰かがいた。

「優しい子…」
その白い影は、泣きながら眠りについた沙也加を見守るかのように、そこに佇んでいた。






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