また、部屋に誰かがいた
翌日、仕事が休みだった佐和子は朝から母親の世話に追われた。まだ不慣れだった彼女は介護というのが大変な重労働であることを痛感した。
午後になって、少し落ち着いた彼女は、お気に入りのお茶を入れて一服しながら、ぼんやりもの思いにふけっていた。
父親が佐和子の目の前で母に暴力を振るっていた記憶は、40歳を超えた今でも度々「夢」という形で彼女に、その恐怖を蘇らせている。そんな父が突然の家出でいなくなってからは、佐和子を育てるために外での仕事と家事をこなし、母は苦労ばかりだった。
「これからは私が親孝行しなくては…」
佐和子は相変わらず眠ったままの母を見つめていた。やがて一日はあっという間に終わり、夜になって佐和子は母親の夕食の介助をしていた。母親の口まで食べ物をスプーンで運んで食事をさせ、食事が終わると体を優しく拭いてやった。母は気持ちよさそうに目を閉じていたが、その間も母が感情を表したり、声を発することは一度もなかった。
「母さん、昔みたいに話しをしたかったな。話したいことたくさんあるのに…」
眠る母親の傍らで佐和子は悲しそうに呟いた。そして、いつしか母が眠る隣で彼女も眠ってしまった。
佐和子がふと目を覚ますと、つけっ放しだった蛍光灯の明かりの元で母は変わらない状態で眠っていた。昨夜同様に隣のキッチンから冷蔵庫のブーンという低く鈍い音だけが聞こえる。
翌日は訪問介護を頼んで朝から仕事に出かけなくてはいけないため、寝直す前にお風呂にでも入ろうか。そんなことを考えていると、



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