また、部屋に誰かがいた
そのとき、男が僕の話を遮るように言った。
「それで…昨夜、SNSにあのような書き込みをしたんですね。あれは、あなたが今日の事件を予告するために書き込んだ」

「え…!君は…あれを見たのか?」

西尾百合奈のファンのなかでもコアな連中が集まっているSNSサイトで僕はよく情報交換していた。
彼女の行動を知るのに有効であったし、彼女を守るために奴らの中に潜入する必要もあると考えたからだ。
そのSNSで僕は「明日、彼女に教えてあげなきゃいけないことがある」と書き込んだ。

「何?教えてあげなきゃいけないことって?」
「明日、何するつもりなんだ?」
「これ…ヤバいやつか?」
僕の書き込みに反応して、そんなコメントがたくさん書き込まれたが、
僕はそれらを無視して今日の行動を起こした。

男は僕に告げる。
「だから、我々は現場近くにいて、こうして警察より早くあなたを保護できたんですよ」

そういうことだったのか…。
こうして僕を監禁しているやつらの素性がわかり、僕は少しだけ安心した。

「だったら、もう目隠しも取って、僕を自由にしてくれ」

しかし、僕の言葉に応えることなく男の声が続く。

「目的を遂げて、今はどんな心境ですか?」

ばかばかしい!そんなことを聞いてどうするんだ?
どうせ話してもこいつらにはわからない。
普通に生きてきて、周囲に気を遣うこともなく、考えることもなく楽な生活だけ送ってきたこいつらなんかに。



今日、僕は朝から彼女を見張っていた。
迎えに来たマネージャーと二人で歩く彼女。周りは彼女に気付くことなく自然にすれ違って行く。

僕は背後から駆け寄り、用意していたサバイバルナイフで彼女を刺した。

「きゃああああああ」

甲高い悲鳴が飛び交うなか、僕は倒れ込んだ彼女に馬乗りになり、
何度も、何度も彼女にナイフを突き立てた。

1回、2回、3回、4回、5回…

そのナイフは…同時に僕の心にも突き刺さっていたんだ。
僕が生きていくには汚れすぎているこの世界で
唯一僕が認めた「綺麗なもの」
でも、このままじゃ彼女も汚れていってしまう。

僕は男の質問に答えた。
「目的は…まだ遂げられていない。なぜなら彼女を刺してから僕も死ぬつもりだったからだ」

すると、やや冷たく感じられる口調で男が尋ねる。
「あなたは本当に、死にたかったのか?」

それは愚かな質問だ。
そうしなければ、世間はこの事件を単なる独りよがりな犯罪だと誤解するだろう。
僕の死によって、親も、彼女の事務所も、そして世の中も、僕に同情し、自らの行いを後悔するはずだ。

僕は顔をあげて胸を張り、男に言い放った。

「そうだ…君たちには自分の存在や、その先にある死について真剣に考えたことなどないだろうが、
人は必ず死ぬんだ。それが早いか遅いかの違いだけ。だから僕は君たちこう言うよ…『お先に失礼』とね…」

僕の告白に、部屋の中にいる何人かが息を飲んでいるのがわかった。
一時静まり返った部屋で、再びさっきの男が口を開いた。

「あなたの告白は、それで全てですか?」

「そうだ」

「そうですか…」

そして暫くの沈黙が流れた後に、その男が言った。









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