スワロウテイル
【番外編】寒椿の願い
実家の庭には寒椿が植えられていて、冬になるとそれはそれは鮮やかな紅色の花を咲かせる。
両親はその美しい寒椿にちなんで、自分を「つばき」と名付けた。
だからずっと、四季の中では冬が一番好きだった。

十年前のあの日までは。

もちろん今だって、寒椿の花も冬も嫌いになった訳じゃない。

ただ、冬になるとやっぱり思い出す。
古傷が疼くように胸の奥がツンと痛む。


冬の結婚式に呼ばれたのは初めてのことだったと思う。クリスマスを目前に控えた土曜日、つばきは大学時代の女友達の披露宴に出席するため表参道を訪れた。
街はクリスマスムードで華やぎ、場所柄かつばきと同じようにドレスアップした女の子のグループもたくさん見かけた。

手元の腕時計を確認すると、受付時刻よりまだ40分近く時間がある。
つばきは少し身体を温めようと、適当なカフェにふらりと入店することにした。

温かいミルクティーを飲みながら、のんびりと周囲の人間を観察する。
ひとりでいる時、こうやって時間をつぶすのはつばきの昔からの習慣だった。

あ、あの子のバックいいな。どこのブランドだろう。

あのカップルは随分歳が離れてるなぁ。

そんな風にあれこれと思いを巡らせていると、つばきの隣のテーブルに一組のカップルが座った。


「まさか本当に結婚しちゃうとは‥‥悔しいけど、みちる綺麗だったなぁ」

「綺麗だったね。ま、あのレベルの美人とは比べることないんじゃない⁉︎」

「別に比べてないわよ。いちいち、嫌味な奴ね」

昼過ぎの披露宴に出席する自分とは違い、このカップルはたった今結婚式に出席してきたところだったのだろう。
新婦がとても綺麗だったこと、新郎が緊張のあまりスピーチを間違えたこと、そんな話をとても楽しそうに話していた。

つばきの真横に座る男性の顔はよく見えないけど、向かいの女性はくるくると変わる表情が魅力的で可愛らしい人だった。

「ほらっ。見てよ、この写真! ーーあっ」

その彼女が手を滑らせて落としたカメラがつばきの足元に転がってきた。
つばきがそれを拾い上げると、隣の男性が受け取ろうと手を差し出した。

「すみません、失礼しました」

美しく洗練された仕草、清潔感あふれるスーツ姿、少し冷たさを感じるほどに整った目鼻立ち。

記憶の中にある少年とあまりにも変わっていなくてつばきは驚いた。

「‥‥玲二? 五條玲二君だよね?」

玲二もまた、つばきに負けないほど驚いたようだった。目をパチパチと瞬かせた。

それはそうだろう。 十年前に別れたきり、誰かから噂を聞くことすらなかった。
二度と会うことはないと思っていたのに‥‥
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