不時着
「俺ビール。カサハラさんは?」
「私、こういうところ来たことなくて」
「酒強いの?」
「ううん、あんまり」
「じゃあこれにしな、甘いしそんなに強くないよ」
彼が勧めてくれたパールピンクのカクテルをゆっくりと味わいながら、カウンターに置かれたキャンドルが小さな灯りを揺らしているのを眺めていた。彼はこのお店の常連客なようで、マスターらしき人と楽しげに会話をしていた。
「カサハラさんは、何であんな飲み会参加してたの?」
きっと他意はないのだろう。けれどなんだか、「お前みたいな地味なやつがどうしてあんなところに」と言われているような気がして、すぐに言葉を返すことが出来なかった。彼はそんな私に気づいたのか、さっきよりほんの少しだけ声を柔らかくして、どうせ無理に誘われて断れなかったんだろ、と笑った。
「カサハラさんお人好しそうだもんね」
「……そう見える?」
「純粋に褒め言葉だよ」
お人好しというのがそもそも褒め言葉なのかどうかはわからないけれど、不思議と嫌な気はしなかった。彼の言葉には、嘘が感じられなかったからだ。良くも悪くも、心の中で思ったことをそのまま口に出しているんだろうなぁというのが、何となくわかった。
「友達に誘われてね、なんとなく参加したんだけど」
「友達ね」
また、あれは本当にお前の友達なのか?と言われているような気がした。実際にあの子は私の友達なのだろうかと考えたら、素直に頷くことは出来なくて、また言葉に詰まってしまった。
彼はそんな私を見て、まぁいいけど、とつまらなそうに言った後、二杯目のビールを流し込んで、ごくりと喉を鳴らした。
「カサハラさんは大学生なんでしょ?大学ってどうなの、楽しい?」
「楽しい、のかな。よくわからないや」
「カサハラさん真面目そうだもんね」
「それも褒め言葉?」
「もちろん」
彼と話をするのはとても楽しかった。私が上手く答えられなくても、言葉に詰まってしまっても、特に気にしていない風に話を続けてくれる。私が俯くたびに、また違う話題で流れを変えてくれる。彼にはそういう才能があるのだと思った。
それから同じカクテルを二度注文し、他愛のない話をして、彼が「そろそろ帰るかぁ」と大きな欠伸をした頃には、空は薄らと明るくなってきていた。
「ごめんカサハラさん、俺財布忘れちゃった」
「いいよ、わたし払っておくから」
「まじか!ごめんね!」
今度何か奢らせてよ、とにっこり笑った彼の唇から覗いた白い歯に、また何度目かもわからず心臓が跳ねた。
結局、彼が私に何かを奢ってくれることはなかったし、それから何度も彼は財布を"忘れる"ことになるのだけれど。