さよなら、もう一人のわたし
 めちゃくちゃいい加減な話のような気がしないでもない。
 そんなもので成り立つものなのだろうか。

 実質伯父が経営しているなら可能かもしれない。
 彼もやりたくてやっているわけでもないのだろう。

 わたしは小さな平屋のような事務所をイメージしていたが、尚志さんの足が止まったのは駅から見たビルの前だ。随所が古ぼけていて、新しいとはいいがたい。だが、とても大きなビルだった。

「このビルですか?」

 ビルの一室を借りているのだろうか。マンションの一室でお店を開いていたりする人もいる。そう思ったとき、頷いた尚志さんが鍵を取り出し、扉に差し込むのが見えた。

「何で鍵なんか」

「閉まっているから。誰か入り込むと面倒だからね。安全面からも」

 彼はわたしが何を言いたいか気づいたのだろう。しかし、その答えはやっぱりずれている。
 このビルを借りている人がみんな出入り口の鍵を持っているのだろうか。

 自分の部屋の鍵だけあれば事足りるのに。
 千春もいればわたしの疑問を即座に解決してくれただろう。そんな気持ちから言葉が零れ落ちた。
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